共同宣言では、うつ病を「がんに次ぐ重大な社会的損失をもたらす疾病」と定義しており、治療と研究、啓発に緊急に取り組むよう求めている。今後はどんどん政策提言も行っていくという。研究者や医療者たちが、このように国に直接、働きかけるような動きをするのはきわめて異例のことだ。
その背景にあるのは、うつ病が大きく関与するといわれる自殺者が12年連続、3万人を下回らない、心の病で長期休職する労働者が増える一方、といった深刻な社会現象だ。先に発表された厚生労働省の研究班の調査結果でも、専門施設に相談してきた「ひきこもり」に悩む人の少なくとも3分の1が、薬物治療を必要とする精神疾患を抱えていることが明らかになった。この中には、統合失調症のほかにうつ病も含まれている。
しかし、一方でうつ病対策への取り組みの強化は、受診者さらには休職者の増加をも意味することを忘れてはならない。来年から、企業の健康診断では「うつ病チェック」も義務づけられることになっているが、そうすると当然、「あなたは要受診」と判定される人が増え、その人たちは精神科医から「要自宅療養」の診断書をもらってくる可能性も高い。
そうなったときに、職場に「わかりました。ゆっくり休んでください」と休職を認めるだけの余裕があるだろうか。休職者が出ても仕事の総量を減らすわけにはいかなければ、その分は残っている人たちの負担になる。すると、その人たちまでが過労でうつ病になる、いわゆる「二次うつ」が大量発生する危険性もあるのだ。
また、うつ病の啓発を進めると、どうしても「私もうつ病じゃないか」と思い込んで病院に駆け込むいわゆる「疑似うつ」や「新型うつ」と呼ばれる人たちも増えてくる。この真性うつと疑似うつは血液検査などで識別することができず、精神科医もつい判断に迷ってしまうことがある。もし、「うつ病で休職が必要」と医師に判断された人が、いざ休み出すとすぐに元気を回復して旅行だ、趣味だと飛び回るようなことになったときに、職場はどう対応すればよいのか。そのあたりも考えておかなければならないだろう。
このように、うつ病対策は「やればよい」というものではなくて、同時に解決しなければならないさまざまな問題をはらんでいる。いちばん重要なのは、職場や社会全体に「休職者が増えようと、そしてその中には新型うつも含まれようと、とにかくみんなでうつ病に本腰を入れて取り組まなければ」という覚悟があるか、ということだ。
職場は「景気も悪い中、とにかくできるだけ働いてもらわなければ」と切羽詰まった状況であるのに、医学者が集まる学会だけがどんどんうつ病の掘り起こしを進め、治療を促していけば、早晩、企業と学会、企業と従業員とのあいだに齟齬(そご)が生じることになる。だからこそ、国をあげて「とにかく何を差しおいてもうつ病対策が必要」と強調する姿勢が必要になるわけだ。
しかし、政府や厚労省にはいま、解決しなければならない問題が山積。「この上、うつ病対策か…」と大臣や官僚が先にストレスからうつ病にならないとも限らない。精神科医の集まりからなる学会が、関係者たちをうつ病に追い込む、などということがないよう、慎重にしかし早急に対策づくりを進めていかなければならないだろう。