文部科学省の発表では「近年いじめは減っている」ということになっていたが、実際はそうではなさそうだ。
とくに最近のいじめの傾向は、あからさまな暴力、暴言ではなくて、無視や何気ない仲間はずれ、あるいはメールやネットの掲示板を使ったいやがらせなど、目に見えにくいものになりつつある。被害者も加害者も「これっていじめ?」とはっきり気づかないまま、なんとなくいやな雰囲気が続いていく。診察室で20代前半の女性が次のように語ったことがある。彼女は、就職してから原因不明のパニック発作に悩まされるようになり、診察室にやって来た。
「いまは仕事も楽しいのですが、思いあたるストレスといえば…中学、高校時代、クラスでいじめられていたことかな。でも、あれはいじめじゃなかったのかも。いや、やっぱりいじめかな。友だちどうしで出かけるときに、私だけ連絡が来なくて、あとから“えー、連絡したじゃん”と言われる、といったことが続いたり、そんな程度だったんですけれど…」
このように潜伏化しているいじめには、教師や親も気づきにくい。本人も「これはいじめ? 違う?」と戸惑っているうちに学校を卒業し、この女性のようにおとなになってからさまざまな“後遺症”が出現し、事後的に「やっぱりあれはいじめだったのか」と気づくケースもある。
では、こういうわかりにくいいじめに対して、子ども自身やまわりのおとなはどう対処していけばよいのだろう。
まず子どもに対して、「わかりにくいいじめもあること」「それはあなたが悪いわけではないこと」「こんな状況がいつまでも続くわけではないこと」をきちんとおとなが伝えることも必要だろう。子どもは、「私はいじめられている」と認めることは人生の致命的な失敗、敗北なのだと考えていて、なかなかそれを認めようとしない。わかりやすく言えば、「いじめを受けるなんて、もうおしまいだ」と思い込んでいるのだ。
こういった事態を避けるためには、いじめ体験から抜け出て明るい日々を取り戻した人の話などを読んでもらい、「いじめられたら人生おしまい、というわけじゃない」ということをしっかり知ってもらう必要がある。またまわりのおとなは、いじめの有無に関係なく、あなたはあなた、と子どもの長所や良さを日ごろからきちんと評価し、肯定しておくことが大切だ。
そして、いじめる側も、自分がいじめに加担しているという事実をきちんと認めることが、それをやめる第一歩となる。いじめに加わっている子どもも、それを認めてしまったらおしまい、とどこかで思い込んでいるのだ。加害者をただ非難するだけではなく、「いじめを認め、それをやめたら、あなたはまた自分らしく生きていける」と励ますことも必要になってくる。
いじめは子どもにとってたいへんな問題だが、その地獄は永遠に続くわけではない。いじめられたからといって、何もかもがおかしくなってもう二度と立ち直れないわけではない。そして、まわりのおとなも巻き込んで対処すれば、いじめをやめさせることも不可能ではない。そのことだけは、おとなは繰り返し子どもに伝える必要がある。ただいたずらに“犯人さがし”をするだけでは、解決にはつながらないことを忘れてはならない。