それと前後して、プラネタリウムがいくつかオープンして人気を集めたり、小惑星イトカワから帰還した探査機はやぶさが話題になったり、とちょっとした“宇宙ブーム”が起きている感もある。
冒頭の本のことに戻ろう。「宇宙は何でできているか、って? そんなの星とかガスとか…つまり、何らかの分子、原子だろう」と理系の人でなくても答えられそうだが、本書によると、どうもそうではなさそうだ。
星、ガス、ニュートリノなど、宇宙にある原子をすべてかき集めても、宇宙全体の4.4%分にしか相当しないことが、これまでの研究から明らかにされている。では、残りの約96%はいったい何なのか。実は、それがまだわかっていないらしいのだ。つまり、宇宙のほとんどはまだ謎、ということだ。
舞台が宇宙となれば、「96%は謎」というのはロマンティックに聞こえる。さらには、「もしかするとそこに生命の秘密を解く何か、宇宙人の存在を証明する何かが隠れているのでは」といった空想も果てしなく広がっていく。
もし、この「96%は謎」が会社とか国家であれば、話はまったく変わってくる。「ウチの企業、収益の9割はどこから来ているのか、まったく謎なんだよね」などということになったら、従業員は不安や恐怖を感じて、「もしかしてマフィアがらみでは」「明日にでもなくなってしまうのでは」と想像は悪い方に広がる一方であろう。
謎が魅力に変わる、というのは脳ブームでも同じだ。「脳は5%しか使われておらず、ほとんど休眠状態」といった説がまことしやかに語られたこともあったが、これも「ということは、その9割が目覚めたら私も天才になれるかも」と空想がポジティブな方向に広がるような性質を持っていた。もっともこの説の場合、日本神経科学学会が科学的根拠のない「神経神話」だとして正式に否定して、「天才かも」という空想はあえなく崩されてしまったのだが。
「それにしても、たとえ宇宙のほとんどが謎だとしても、それが解明されてもいまの生活にはほとんど関係ないから無意味」と思う人もいるかもしれない。しかし、宇宙ブームは「無意味、無関係だからこそ起きた」とも言えるのだ。
不況や社会不安も長引き、私たちは目の前の社会や生活に、なかなかプラスの要素を見いだすことができなくなっている。まさに「右を見ても左を見ても真っ暗闇」という状況の中、ふと上を見上げたら、そこにはいつもと同じ星空が広がり、気が遠くなるようなかなたから届いた星の光がきらめいている。苦しい現実からひととき遊離し、そこに希望や夢を見いだしたくなる、というのももっとも、という気がするではないか。
つい先般までは、「年収○倍」「資産を増やすメソッド」「英語の実力アップ」など、すぐに役立つビジネス本、自己啓発本が売れていた。ところが、やってもやってもいっこうに自分も生活も上向かない、といういま、人々はもはや浮世離れした遠い世界に心を遊ばせ、ストレスから逃げるしかなくなっているのかもしれない。そう言えば、深海や深海生物を扱った本も売れているそうだ。
苦しい時代だからこそ、現実からなるべく遠い、ここではないどこかへ。いまの宇宙ブームがそんな心境に支えられているのだとしたら、「ようやく科学への目がひらかれた」などと言って喜んでばかりはいられない。とはいえ、うまいもうけ話にだまされたりするよりは、宇宙の起源や惑星探査に胸躍らせているほうが、ずっと健全ではある。この宇宙ブーム、当面は続くことだろう。