日本心理臨床学会のホームページにある「『心のケア』による二次被害防止ガイドライン」には、「水彩絵の具のように感情の開放を促す画材による描画活動は、強い怒りや不安が湧き出すきっかけになる危険性があります。自分で制御できない感情に翻弄されることは、子どもにとって恐怖体験になりますし、活動終了後に暴力などの問題行動を誘発することがあります。活動内容の選択は安全第一を旨として、慎重に配慮してください」とかなりシビアなことが書かれている。
たしかに、突然、避難所などを訪れた見知らぬ他人が、「さあ、絵を描いて!」と子どもに強制し、描き終わるとあっという間に作品を持って退散…というのは問題だ。また、心の専門知識がまったくない人が、「自分の体験したことをありのままに描きましょう」と心の奥までさらけ出すように促すのは、子どもたちが自分でも気づかなかった荒々しい感情に翻弄されることにもなりかねない。
かつては、災害や犯罪の被災者、被害者に対して、その直後から体験をくわしく語ってもらう「デブリーフィング」と呼ばれる方法が心のケアに有効、とされたこともあったのだが、現在は「その効果はきわめて疑わしい」とされている。とくに初期の数カ月の間は、あまり語らせない、深入りしない、というのが心のケアの基本になったのだ。このとき、デブリーフィングにかわって行われるようになったのが、アメリカの学会が作った「心理学的応急処置(PFA)」と呼ばれる介入方法だ。このPFAの中心は、「安全と慰めを提供する」「落ち着くことができるようにする」「衣食住、身体医療などの実際的な援助を行う」「家族や友人などのソーシャルサポートへつなげる」など具体的かつ現実的な支援である。これらは「医療」や「心理ケア」ではなくて、あくまで「サービス」であることも特徴的だ。
こういった流れで考えると、子どもたちに「さあ、あなたの体験をなんでも絵に描いて」と促すのは、それじたい危険と言わざるをえない。とはいえ、なんでも「それは危険」と止めたりやらないようにしたりする必要もないのではないか。たとえ専門知識はなくても、避難所を訪れるボランティアたちは、「子どものために何かをしてあげたい」という思いでいっぱいであることは疑いない。そこで自然の流れで、子どもが絵を描きたいということになったら、そのときはおとなも子どもも楽しくそうすればいいのではないか。「クレヨンや絵の具で色をつけたいな」と言ったら、それもよいと思う。専門家のアドバイスはもちろん重要だが、あまりにそれに縛られすぎて、自分たちの善意をすべて萎縮させることはない。
ただ、その場合でも、子どもが乗り気でないとき、途中で「もうやめようかな」とためらいを見せたときには、「そうだね、またにしようか」と別の遊びに切り替える柔軟さは必要だ。まずは、「何かをしたい」というその気持ちを大切に。そして、少しは専門家の言うことにも耳を傾ける。こんな姿勢でよいのではないだろうか。