民主党代表選挙に野田佳彦氏、馬淵澄夫氏、鹿野道彦氏、海江田万里氏らが名乗りをあげたが、いわゆる“後出しジャンケン”のような形で立候補を表明したのが、前原誠司前外相であった。
立候補の表明に先立ち、前原氏は自らの後見人である稲森和夫氏と会談。さらに鳩山由紀夫氏、そして小沢一郎元代表とも会談し、出馬を決意するまでの経緯を説明し、支援を要請したといわれる。前原氏は“脱・小沢”の急先鋒で、これまで折に触れて小沢氏を批判する発言も目立ったが、代表選となると党内最大勢力を抱える小沢氏の協力が欠かせない。ほかにも前原氏は、党内の有力者と次々に会談して、同様に協力を求めている。
いったん出馬を決めたあとの前原氏の迅速な動きには目を見張るばかりだが、大震災後の復興に追われる国民からはその精力的な活動はどう見えるのだろう。「やっぱり“数の論理”というのが大切なのか」「根回し、駆け引きのゲームが繰り返され、政権交代前の自民党と何ら変わりない」「国民の声より後見人の経済人の助言のほうが大切ということか」などなど、私のまわりでもまるで“昔ながら”のその動きへの批判の声が上がっている。
そもそも菅総理の支持率が急速に下降したのは、震災や原発事故への対応の遅れや足並みの乱れが原因だったのだ。「被災者のことを第一に考えたら、ああいう対応にはならないはずだ」というきわめてシンプルかつ人間的な理由により、多くの人たちが菅総理に失望を感じた。だから当然、次の総理になる人に期待することの上位に、「地震、津波、原発事故で被災した人たちをしっかりサポートし、一日も早い復興を」というのがあるだろう。その人が持てるリーダーシップを、「人助け」に発揮してほしい、ということだ。
ところが、どうだろう。代表選が具体的になってから民主党で起きていることを見ると、「被災地支援」や「人助け」はどこへやら、誰もが派閥工作や票集めに必死になっている。また、相変わらず今回の代表選のカギを握るとされた小沢氏にしても、「復興に尽力できる候補を」というより、なんとしても勝ち馬に乗り、自身の影響力が衰えないようにしたい、と様子をうかがっているようにしか見えない。
候補者たちは「挙党一致で日本の復興にあたるためにも、まず自分が代表に選出されなければ」と主張するだろうが、目を爛々とさせながら根回しに飛び回る彼らの姿を見ていると、「ああ、こういう権力のゲームが根っから好きな人たちなのだな」と改めて思わざるをえない。
よく、「政治家とはそういう人なのだから仕方ない」と言う人がいる。彼らは権力の魅力にとりつかれ、そこに「選挙」があるととにかく勝って少しでも勢力を広げよう、という“本能”を持った人たちなのだ、と。そう言われると一瞬、わかったような気にもなるのだが、この非常事態にもその説明が通用するのだろうか。
29日に行われた代表選を制したのは野田氏だった。しかし、現状を見る限り新総理が誕生しても、とくに被災地の人たちからは「私たちのことを本気で考えてくれているとは思えない」と失望の声が上がるだけ、という気もする。
「私は政治ゲームには関心がない。したいのは人助け」という政治家の誕生を多くの人が待望しているはずだが、そういうタイプは代表選までたどり着けないのかもしれない。この矛盾を解決しない限り、被災地と永田町、いや日本の人々と永田町との乖離はますます進む一方だ。