このような食べものに関係した偽装問題が社会に与えるダメージは、健康などへの実際の影響だけでは説明しきれないほど大きい、と考える。
まずは、偽装されていたのが直接、口に入る「食べもの」という点だ。実は、私の診察室には「食べものノイローゼ」とでも名づけられるような相談が、非常に多く寄せられる。食卓を預かっている主婦が「スーパーマーケットに並んでいる食材が信じられない。国産という表示にウソはないのか、有害な添加物が本当に入っていないのか、と疑い出すと買い物に何時間もかかってしまう」と訴えて、疲れきってやって来るのだ。中には、「体調が悪い。食材に有害な外国産が混じっていたからだ」と確信している人もいる。
とくに最近は健康ブームや放射性物質の問題もあり、主婦たちの食べものへの警戒心が高まり、誰もが疑心暗鬼になっているのだ。そのタイミングで起きた今回の偽装問題は、日ごろから食品、食材に神経質になっている人に、「やっぱり表示は信用できないのだ!」という確信を与えることになってしまった。今後、「食べものノイローゼ」の人たちはますます増加し、「何を買っていいかわからない」「どこで食べてよいかわからない」と不安になり、混乱する人も増えるであろう。
そして、それ以上に深刻なのは、日本の人たちが自分たちに対して抱いていた「やりすぎと言えるほどマジメで几帳面」というイメージが、こういう問題があるとガラガラと崩れてしまうことだ。しかも、今回の舞台となったのは老舗の有名ホテルチェーン。利用者は一般に比べて高額な代金を払うかわりに、「さすが一流ホテルの料理は、手が込んでいておいしい。食材も吟味されて安心だ」という満足感を得ていた。それが、こういった有名ホテルでも、「バレなければいいだろう」といった安易な発想でウソの食材を使っていたのだとしたら。多くの人は、「こんな有名ホテルでもいいかげんなことをやっているのだから、ほかの店も同じなのだろう。日本人も、誰も見ていなければ相当いいかげんなことをやるのだ」と考え、それは結局、自分たちの社会、自分自身への信頼をジワジワと失うことにつながっていく。
考えてみればこの20年あまり、日本社会では老舗メーカーの食品の賞味期限、マンションのコンクリート含有率、さらには茨城県東海村の核燃料加工施設の操作、エレベーターや高速道路のトンネル点検など、さまざまな場面での偽装や手抜きが発覚し、「日本でもこんなことが起きるのか」と驚いたりあきれたりの連続であった。その象徴が、言うまでもなく東日本大震災に伴う福島第一原発の事故とその処理だ。「日本人は完璧主義じゃなかったの?」「こんなにずさんなことが行われていただなんて」と失望や怒りが渦巻く中、また私たちのプライドが大きく損なわれる問題が起きてしまったのだ。
今後、ホテルはどのように対応するのか。自分たちの保身だけに走らず、少し大げさに言うならば「日本のプライドをどう守れるかがかかっている」と考えて、徹底的に調査、情報公開、そして改善につとめてほしいと思う。せめて、これをきっかけに「実はあっちでも食材偽装」「こっちでもウソが発覚」とドミノ現象が起きないことを祈るばかりである。