しかし、最近になって発達障害をめぐって新たな視点が生まれつつある。それは、発達障害と親による子どもへの虐待の関係だ。子どもへの虐待は、愛着障害と呼ばれる後遺症を生むことがあるが、その中に発達障害と非常に類似していて鑑別がむずかしい例が少なくないことがわかってきたのだ。もちろん、発達障害が先にあって、それが原因で親子関係がうまくいかなくなり、虐待という結果を生むケースもある。
ただ、「子ども虐待専門外来」を開く精神科医の杉山登志郎氏は、発達障害と虐待はしばしば両者いっしょに生じる、と言う。もともと発達障害の素因が脳にある子どもに、虐待によって慢性のトラウマが加わることで、難治性の併存症(虐待の後遺症と発達障害)に展開していく、というのが杉山氏の仮説だ。その論文には、「迫害体験およびそれによってもたらされるトラウマこそが、発達障害における最大の増悪因子」とある。さらにそのまま年齢を重ねると、倫理や良心を理解できずに身勝手な行動を繰り返す反社会性パーソナリティー障害や躁うつ病などに似た症状を呈する場合もある、と杉山氏は言う。
杉山氏は、虐待外来で子どもだけではなく加害側の親に対してもカルテを作り、並行してケアを行っているそうだ。多くのケースで、親もまたその親による虐待の被害者で、十分なケアを受けないうちに子どもをもうけて、今度は虐待を行う側になる、という「世代間連鎖」があまりに多いことがわかったからだ。
このように、子ども虐待はそれを受けている時点で子どもの心身をむしばむだけではなく、その後、長きにわたってトラウマ後遺症に加え、発達障害、パーソナリティー障害、躁うつ病などにも似た症状を生み出す。さらに世代を超え、被害を受けた側がトラウマを与える側になる可能性もある。
そういえば、私がこれまでかかわってきた中にも、最初は「いわゆる躁うつ病だな」「境界性パーソナリティー障害か」などと思いながら治療を進めるうちに、虐待を受けた経験を語ってくれた患者さんが少なからずいた。そのときは、治療中の病と虐待体験は直接の関係はないと考えて対処したのだが、実はそれらの症状はすべて「虐待後遺症」として説明できるものだったのかもしれない。虐待を経験したことによって、周囲の情報や人からの言葉をそのまま受け入れることができず、自分なりのゆがみを加えて認識する。躁うつ病などに似た症状は、その結果として起きてしまうのだ。
では、どうすればいいのか。杉山氏は、これまで精神医学は「トラウマ」を扱うことにあまりなれておらず、その処理に必要な技術は薬物療法も十分に確立されていない、と振り返る。子ども時代に虐待を受けたという事実を、おとなになってから取り消すことはできない。だとしたら、せめて虐待によるトラウマにだけでも精神医療がしっかり対処すべきではないか、という杉山氏の意見はもっともだ。
そして、もうひとつ。いちばん大切なのは、これ以上虐待が起きないように親たちをサポートするシステムを社会が用意しなければいけない、ということだろう。「虐待は絶対ダメ」といった強制的な禁止だけでは、この問題は永遠に解決しないのだ。