日本人ふたりが殺害されるという最悪の結果に終わった過激派組織「イスラム国」による人質事件。その余波が続いている。
愛知県の小学校、栃木県の中学校で、教員が授業で殺害された人質とみられる人の遺体画像を見せていたことがわかり、問題となった。経緯を見ると、いずれの教員も日ごろからたいへん教育熱心で、メディアリテラシーや国際情勢の話をするために画像を使ったようだ。また「見たくない人は見なくてもいい」と断ってからの提示だったともいわれる。
それらを考えるとこの教員らを一方的に責める気にはなれないのだが、それでもやはり、児童や生徒に画像を見せたことには問題があったと言わざるをえない。それは道徳的、倫理的観点からの話ではなく、精神医学的な理由による。
2004年に精神科医の香月毅史氏らがまとめた論文「テロリズムがTVメディアを媒体として一般市民に与える精神的影響の文献的考察」(雑誌「精神医学」)によると、アメリカではスリーマイル原発事故をきっかけにテレビ画像の心理的影響が研究され始めたという。そしてとくにオクラホマシティー爆弾事件、9.11などのテロリズムにおいては、直接被害を受けていなくても、テレビによる画像や映像への接触が見た人に有害な精神的影響を与えることが確認された。
別の研究でも、とくに子どもはテレビなどを通して触れる視覚的情報が、身近に起こりうることなのか遠く離れたところのできごとなのかを区別することができずショックが長く残ったり、PTSDのような後遺症が出現したりする例があることがわかっている。9.11の直後は繰り返し飛行機が衝突して崩壊するビルの映像がリピートされていたが、ある時点からそれが放送されてなくなったのを覚えている人もいるだろう。また、東日本大震災関連の番組でも「これから津波の映像を放映します」と事前告知が行われることが多い。これらは「映像による精神的影響」を避けるための措置だ。
こういった事実を踏まえると、今回の人質事件の画像、映像も同様に見た人に大きなショックを与え、ときにはすぐに回復できないほどのダメージを与えることも予想できる。実際に今回の事件について大学院生たちと話したところ、中の数人が「10年前、イラクで香田証生さんが殺害されたときの画像がよみがえり、めまいがした」など中学生時代に見た画像の影響がいまだに続いていることをうかがわせる発言をした。
もちろん、精神的な影響を恐れすぎてすべてを隠す必要はない。私はツイッターや連載メディアでとくに小学生にはなるべく親などのおとなが自分の言葉で語って聞かせ、何より「何があっても私たちが守るから」と安心させてあげてほしい、と呼びかけた。中にはLINE(ライン)などで遺体の画像などが送られてきて、自分では望まないのにそれに触れてしまったという子どももいるかもしれない。その場合は、「これはウソ」などとごまかすのはよくないが、まず「あなたは大丈夫、大丈夫」とおまじないのように繰り返し、恐怖が定着するのを防いでほしいと思う。
今回の事件では、私の診察室に通うおとなたちも、一様に大きなショックを受けていた。中には「あれ以来、眠ろうとするとニュースの映像が目に浮かぶ」などとすでに深刻な影響を受けていることを語る人もいる。おとなの場合は、誰かが「あなたは大丈夫」と安心させてくれないところがつらいが、せめてまわりの知人たちと驚き、怒り、悲しみなどを共有しながら、「自分たちはこれから何をすべきか」などとしっかり思いを言葉にしてこのたいへんな事態に向かいあってほしいと思う。
人質事件の画像はなぜ子どもに見せてはいけないのか?
(医師)
2015/02/13