日本の人権感覚に対して、世界中からイエローカードが突きつけられているようだ。
今年(2018年)8月16~17日、4年ぶりにスイス・ジュネーブで国連人種差別撤廃委員会の対日本国審査会合が行われた。同委員会は世界各国の18人で構成され、日本も加入している人種差別撤廃条約の履行状況を調べる目的で開催されるものだ。
ヘイトスピーチ、アイヌ民族をめぐる問題、外国人技能実習制度、従軍慰安婦の問題など多岐にわたる項目について日本政府が報告を提出。その後、各委員からの質問に対して日本政府代表団が回答し、最終的には日をおいて8月30日に委員会勧告が行われた。
たとえばヘイトスピーチの問題については、14年の同委員会で法規制が勧告され、その後、対策法が施行されたことは評価された。しかし、路上のデモやインターネット上ではヘイトスピーチが続いていることが委員会で指摘され、それらにも実際に効力のある対策が講じられるべきだと勧告された。
中でも委員からの指摘と政府代表団の回答に隔たりが見られたのが、従軍慰安婦問題だ。
従軍慰安婦に関する国連の「マクドゥーガル報告書」でも知られるアメリカのゲイ・マクドゥーガル弁護士は、日本政府の被害者への償いなどが十分であるとは思われないと断じ、日本政府は被害者への謝罪と賠償をどうするかを、元慰安婦とともに話し合うべきであると、被害者を中心としたアプローチの必要性を強調。韓国側による慰安婦像の設置や、日本における韓国人へのヘイトスピーチなどの問題は、日本政府が十分に償いをしていない状況から起きているともいえるのではないかと、厳しく指摘した。
それに対して日本政府団は「償いに取り組んできた」と反論、とくに「性奴隷」という言葉に関しては「適切な表現ではない」と抗議した。さらに審査会合の中継映像を見ながら発言を記録していた人によると、外務省の国連大使が、「(ある人物が)虚偽の事実を捏造して発表し、当時、日本の大手新聞社によって、それが事実であるかのように大きく報道されて、そのことがこの慰安婦問題への注目を高めることになり、(慰安婦問題の)イメージをつくった」という主旨の発言をしたことも明らかになっている。なお、大使の発言では「大手新聞社」となっているだけだが、産経新聞は8月28日の記事で、この時の大使が、「大手の新聞社」について「朝日新聞を念頭に」説明した、と報じている。
また、審査会合の内容を踏まえ、8月30日に委員会から行われた日本政府への「慰安婦問題については元慰安婦が納得するような解決をすることが必要」といった勧告に対しては、菅義偉官房長官が翌日の記者会見で、「日本政府の説明内容を十分踏まえておらず、極めて遺憾だ」と強い言葉で批判した。
同委員会からの勧告は全体で40項目以上に上っており、慰安婦問題以外にも、多くの分野で委員会と日本の理解や見解には大きな隔たりがあることが明らかになった形だ。
もちろん、委員会の見解が絶対的に正しいとは言えないが、こと人権という領域においては、世界のいわゆる先進国の常識と、日本の認識や現実との間にはかなりの差があることは認めざるをえないだろう。いくら経済や科学技術、スポーツなどの多くの分野で世界から尊敬を集めても、「日本は人権意識が低い国」とみなされるのは国際的評価の上で大きな損失だ。
そしてさらに、驚くべきことが起きた。
9月6日、台湾・台南市を訪問した日本の保守系団体が、同国の国民党支部に設置された慰安婦像の撤去を求める文書を同市の市議に手渡した。しかしその後、その団体の中心人物である男性が慰安婦像を蹴るようなポーズを取る写真と動画が、インターネット上に流れたのだ。映像は監視カメラで撮られたものとされており、台北市ではその男性に謝罪を求める市民デモが行われるなど、社会問題に発展している。
9月12日に男性の所属団体から発表された声明によると、男性本人は慰安婦像を「蹴っていないし、蹴る意図もない」と主張しているそうだが、団体は同声明で、男性が「蹴るような素振りをしたことは明らか」であり、「不用意・不適切な行動であったことは間違いない」と認めたうえで、謝罪とともに男性が同団体の幹事を辞任したことを明らかにした。
台湾は親日国として知られ、日本で災害が起きるたびに多額の寄付やあたたかいメッセージを寄せてくれてきた。訪日する観光客数も中国、韓国に次いで世界3位である。もし、今回のできごとが台湾の親日感情に水をさすようなことになれば、日本の受ける痛手は計り知れないであろう。
国連人種差別撤廃委員会の質問に否定的な回答をする日本政府代表団、勧告に遺憾の意を表明する日本政府。そして、今度は民間団体からも、慰安婦問題に積極的に抗議の声を上げ、外国で社会問題にまで発展するような行為をしでかす人が出た。これらの動きの背景にあるのは「日本の誇り」や「愛国心」なのかもしれないが、それによって、世界から日本が「人権意識の低い国」と見られることにつながったり、他国の親日感情を傷つけたりすれば、結果的には日本や日本人にとっては不利益になる。それは経済学や国際政治学、心理学などの専門家でなくても容易にわかることなのではないか。私もひとりの国民として、大学で若い人を指導する教員として、とても残念な思いで一連の動きを見ている。
●国連人種差別撤廃委員会対日本国審査会合の動画(UN Web TV)
・2018年8月16日
http://webtv.un.org/meetings-events/watch/consideration-of-japan-2662nd-meeting-96th-session-committee-on-elimination-of-racial-discrimination/5823254962001/?term =
・2018年8月17日
http://webtv.un.org/watch/consideration-of-japan-contd-2663rd-meeting-96th-session-committee-on-elimination-of-racial-discrimination/5823402297001/?term =
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