近刊の拙著の一部となることを想定しながら、一国の貿易収支というものについて、筆者が日頃思っていることを、あれこれ、この編集者に向かってお話ししました。その内容を、彼がまとめてくれました。この記録をベースに、筆者が改めて文章を書くという段取りです。そのようなコラボの最中に、上記の面白い発見をしたのです。
その発見とは、要するに我がコラボ相手の編集者が、「貿易収支が均衡している」とは、すなわち「貿易収支が赤字ではない」状態、もしくは「貿易収支が黒字」の状態を指す、と解釈していたということです。一国の貿易収支は、赤字になることもあれば、黒字になることもあります。黒字の場合にも、収支が均衡していないのですから、バランスが崩れていることには変わりがありません。ところが、この若者は、赤字だけに注目していたのです。
彼の誤解を糾弾しているわけではありません。なぜ、そうなるのかを興味深く思うのです。きっと、どこかに、黒字になるのは良いことで、赤字になるのは悪いことだという感覚があるのでしょう。だから、「均衡が崩れる」というネガティブなイメージが、どうしても赤字ポジションに陥ることと結び付いてしまう。そういうことなのだと思います。
貿易収支が赤字化するのはまずい。だが、黒字が大きくなるのは結構だ。もうかっている証拠である。黒字を稼いでいる状態を「不均衡」状態とは考えられない。そんな心理が働いていたものと思われます。
気持ちは分かります。このところ、日本の貿易収支はすっかり赤字傾向が定着しています。それが心配だということもあるでしょう。
ですが、黒字不均衡も、不均衡であることは間違いないのです。国内が不況でモノが売れない。だから輸出ばかりが増えているのかもしれません。あるいは、輸出価格が低すぎて、出血大安売りになってしまっているのかもしれません。
経済活動はバランスが取れているのが一番です。マイナスの方向に向かってでも、プラスの方向に向かってでも、均衡点から遠ざかり過ぎることは、要注意なのです。
均衡点から遠ざかり過ぎると、必ず、経済活動のどこかに何らかの無理が生じます。その無理が極限的なところまでいくと、ゆがみを解消しようとする大きな力が働いて、暴力的・強制的に均衡点に引き戻されていくのです。そのような暴力的・強制的な力の最たるものが、恐慌です。リーマン・ショックがその典型的な事例でした。
均衡点には、必ず、その両側に不均衡ゾーンがある。それが黒字ゾーンであっても、赤字ゾーンであっても、ゆがみ過ぎると、経済の力学のリベンジが怖い。そういうことです。