チューリヒは金融の街で、スイスを代表する大手銀行がチューリッヒに居を構えているのです。その彼らをなぜ「小鬼たち」と呼ぶのか。そして、なぜ、今、筆者が彼らを話題にするのか。順次、種明かしをして参ります。
「チューリヒの小鬼たち」というネーミングは、1960年代の半ばにイギリスで生まれました。名付け親は当時イギリスの首相を務めていたハロルド・ウィルソン氏です。チューリヒの銀行筋が、やたらとイギリス・ポンドを売り込む投機的な取引をやっている。そのおかげで、ポンドは大暴落の危機にさらされることになってしまった。何ともけしからん。あの小鬼どもを何とか蹴散らかしたい。こんな流れで「チューリヒの小鬼たち」という名称が誕生したのです。
それでは、なぜ、今、筆者の思いが「チューリヒの小鬼たち」に及ぶのか。それは、このところ、スイスがグローバル金融の世界でちょっとした騒動を引き起こしているからです。そこで、「チューリヒの小鬼たち」の記憶がよみがえってきたわけです。
もっとも、今、世の中を騒がせているのはスイスの民間銀行ではなくて、スイス中央銀行です。中央銀行は、銀行業に関する総括取締役です。その意味で、彼らは「チューリヒの大鬼さん」です。
この大鬼さんが、突如として通貨政策のやり方を大幅に変更したのです。
このところ、スイスは自国通貨であるスイスフランを欧州単一通貨のユーロに連動させていました。つまり、ユーロとスイスフランの間に一定の交換比率を設定して、それが維持出来るようにスイスフランの動きをコントロールして来たのです。ユーロ相場が上がれば、スイスフラン相場も上昇するように誘導し、ユーロが下がればスイスフランも下がるようにする。一定の距離を保ちながら、ユーロを尾行する。いわば、そのような感じの通貨政策をとってきたのでした。
ところが、ここにきて、スイス中銀は突然、このやり方をやめてしまいました。ユーロの尾行はもうおしまい。いきなり、そう宣言したのです。
これには、世界が慌てました。スイスフランはユーロに連動して動くものと思い込んでいた。ところが、今度は我が道を行くと言い出した。その結果、スイスフランの対ユーロ相場は大きく上昇しました。それで大損を被る投資家もいれば、突然の大もうけに狼狽える投資家もいる。チューリヒの大鬼さんの大暴れのおかげで、世界中がてんてこ舞いです。
大鬼さんはなぜ、唐突な方針変更に出たのか。実を言えば、その原因はユーロ側にありました。
ユーロ通貨圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)が、近々、金融大緩和に踏み切る見込みが濃厚になりました。日本やアメリカと同じ金融の「量的緩和」を実施することになりそうです。要は、ユーロ圏各国の国債をどんどん買い込み、その代金として、市場にユーロをどんどん送り出すことにしたのです。
そうなれば、全般的にユーロ余り状態になるわけですから、ユーロ相場は大きく下落するでしょう。その段階でスイスフランが引き続きユーロを尾行していれば、スイスフランもユーロと一緒に暴落です。それは勘弁してほしい。だからユーロの尾行はもう終わり。
スイスの大鬼さんとしては、極めて合理的な選択です。ですが、いくら合理的な選択でも、突然やられると周りは慌てます。ですが、それは全く気にしない。何とも鬼さんらしい対応です。
久しぶりに、チューリヒの鬼さん魂を目の当たりにしました。ちょっと、気分爽快です。