「働き方改革」について、安倍政権は今年(2017年)3月末に「実行計画」を取りまとめました。その内容を、関連労働法制の改正案として秋の臨時国会に上程しようとしています。このテーマでここまで漕ぎ着けたというので、彼らが次に力を入れようとしているのが、「人づくり革命」です。上記の「人生100年会議」は、この「人づくり革命」構想を具体化するための施策検討会議。そのように位置付けられているようです。
「人づくり革命」というネーミングには何とも違和感を感じませんか? ネーミングというより、これはむしろ考え方の問題でしょうね。
「人づくり」とは、何という言い方か。政治が人をつくるとはどういうことでしょう。
そこには、実に傲岸不遜(ごうがんふそん)な姿勢が滲み出ています。自分は人をつくる人。そのように考える人は、自分を神だと思っているのでしょうか。どうも、そうかもしれないと考えてしまいます。ちょっとしたフランケンシュタイン博士気取りですね。
しかも、このフランケンシュタイン的野望を「革命」的に執り行うのだと言っているのです。革命的な人づくりとは、一体、どんな人づくりなのでしょう。ひたすら、空恐ろしくなるばかりです。
この点との関わりで思い出すのが、「生産性革命」という言葉です。これは15年3月、安倍首相が「アベノミクスの新三本の矢」というものを打ち出した時に、盛んに使っていた言葉です。「新三本の矢」、覚えておいでですか? 別段、その中身を思い出して頂く必要はありません。要は、あの時、安倍氏は「生産性革命」を引き起こすのだと大いに気張っていたのです。
そのような構えをみせていた人が、今度は「人づくり革命」を打ち出している。となれば、「人づくり革命」の眼目は、人の生産性を革命的に引き上げることにある。このように考えてよさそうですよね。
革命的に人づくりされた人々が、革命的に高まった生産性を持ってお国のために働き続ける。人生100年を通じてお国のために『一億総活躍』させられ続ける。そんな未来を、このフランケンシュタイン政権は展望しているのでしょうか。
「人づくり革命」構想は、要するに「働き方改革」のいわば続編です。我々は、まず働き方を「改革」され、その上で「革命的な人づくり」による改造作業の対象となる。何やら、とてもブラックなSFの世界に吸い込まれていく気分になります。フラフラついていってはとっても危険そうですよね。