物価とは、待っていれば下がるもの。そう考えるのか。それとも、物価とは、早く買わないと上がっちゃうものだと考えるのか。1980年代〜2000年代生まれのいわゆるミレニアル世代は前者。1960年代以前生まれのアダルト世代は後者。そのような研究結果があるそうです(2019年8月9日付日本経済新聞「経済教室」)。
これは、なかなか説得力のある話です。筆者を含めたアダルト組は、インフレ実体験者です。筆者は1970年代の狂乱インフレを経験しています。筆者の親たちは戦中・戦後のハイパーインフレに振り回されました。もたもたしていると、物価はどんどん上がっていってしまう。生活物資の値段が手の届かないところまで舞い上がってしまいそうである。そうならないうちに、しっかり買いだめしておかなくっちゃ。そういう焦りを味わったことがある。だから、基本的に物価とは上がるものだと考えているのです。
これに対して、ミレニアル組には、インフレ体験がありませんね。若き皆さんにあるのは、ひたすらデフレ体験です。物価とは、上がるものだという実感を持つ機会におよそ遭遇してきていない。だから、基本的に物価とは下がるものだと考えている。つまり、決して買い急がない。人々が買い急がなければ買い急がないほど、物価は上がらなくなる。それどころか、下がりがちになる。
ミレニアル組の中では、こんな心理が支配している。かたや、アダルト組は超高齢化時代の老後のことが心配だ。だから、デフレだろうとインフレだろうと、とりあえず、なるべくカネを使わない。こんな状況の中で、物価の2%上昇目標を掲げる日本銀行は、今日もまた、ひたすら「量的質的金融緩和」を続行する。何やら、とても奇妙な情景です。
黒田東彦総裁率いる現在の日銀は、従来とは「次元の違う」金融緩和を進めることで、我々の中に「インフレ期待」を醸成するのだと宣言しました。ミレニアル世代とアダルト世代の以上のような物価観を踏まえて考えれば、このインフレ期待戦略というのは、随分と的外れなものだったと思えてしまいます。
いくら日銀が「インフレにするぞ」と言っても、インフレを体験したことのない世代には、実感は湧きませんよね。他方、インフレ体験世代は、そんなことを言われたら恐れおののいて、来たるべきインフレ時代に備えて必死で謹厳貯蓄に励むことになります。インフレを信じない人々も、インフレが怖い人々も、結局のところ、カネを使わない。だから、今なお、物価の2%上昇は達成されていない。
そもそも、日銀が「物価を上げる」と言えば、人々がそれに従って「インフレ期待」を抱くようになる、という発想が僭越(せんえつ)ですよね。人々は、信じている相手の言うことしか信じない。そのことを忘れた政策責任者たちが物価について何を言っても、物価は上がると思っている世代も、下がると思っている世代も、真に受けるわけがありません。