メキシコシティからバスで9時間近くかけて訪ねたオルガ一家。家族水入らずで暮らすようになった彼らは、これまでで一番、穏やかに過ごしているように見えた。だが、次女がシングルマザーになったことや、至る所に勢力を拡大している麻薬カルテルの影が身近にあることなど、その周囲には一筋縄ではいかないことも多々あった。それでもオルガは、家族を守り、生きることを少しでも楽しもうと努力しているように、私には見えた。

流れの緩やかな小川で、水と戯れるオルガたち。右からオルガ、孫、アナベレン、モニカ 撮影:工藤律子
おもてなし
私が着いた日の午後、オルガが「近くに、自然に囲まれたとてもきれいな小川があるから、水遊びに行きましょう!」と、誘ってきた。これまでは、一緒にどこかへ出かけるといえば、大抵は私と篠田が行き先を提案し、交通費などを負担していた。ところが今回は、オルガが自分のバイクで案内すると言う。
「1台にはアナベレンとモニカと赤ん坊が乗って、私の後ろにリツコが乗れば、行けるわ」
この時オルガ家には、バイクが2台あった。1台は、私が来るからとパメーラから借りたものらしい。田舎町では、バイクが流行っているようで、スーパーの店頭には、安価なバイクがずらりと並び、1台1万6000ペソ前後(日本円で15万円前後)のものが、分割払いで売られていた。都会と異なり、乗合バスのようなものは、隣町との間を結ぶものしかなく、地域内での移動には、どうしても車かバイクがないと不便だからだろう。免許も不要で、ヘルメット着用義務もないというから、ほぼ自転車と同じ感覚だ。
朝、バス停へ迎えにきてくれた時の運転からすると、バイク移動の安全性はかなり怪しかったが、私は迷わず賛成した。
「今までのお返しだから」
オルガがそう言うと、アナベレンも「私だって今はちゃんと働いてるからね」と、目配せする。
こうして私たちは、バイク2台で町中を走り抜け、一面にパイナップル畑が広がる町外れへと出かけた。畑の間には、馬やトラクターしか通らないのではと思うほどグジャグジャの泥道が延びる。次から次へと現れる大小の水たまりを右へ左へと避けながら走った。途中、ポツンと建つ小さな駄菓子屋で、オルガが水とスナック菓子を買い、さらに進む。やがて畑を抜けると、辺り一面は低木が立つ青々とした草原に覆われた。
「きれいでしょ?」
そう私のほうを振り返ると、オルガはバイクをその草原に乗り入れて、駐車した。そこから小川まで、緩やかな丘を歩いて下っていく。先に見える川辺には、馬が草をはんでいる姿が見え、そのすぐそばで何人かの少年が水遊びを楽しんでいた。
小川へたどり着くと、オルガはさっそく孫を抱えて、水の中に入っていく。続いて、モニカとアナベレンも、母親同様、短パンとTシャツあるいはタンクトップのまま、冷たい水をかき分ける。
私はしばし、岸辺からその様子を眺めていた。水をまったく怖がらない赤ん坊は、オルガがその体を水の中で上下させると、気持ちよさそうに笑った。その姿を見守る母親も、オルガに寄り添うアナベレンも皆、私が知る中で最も明るく穏やかな笑みを湛えている。
オルガたちがメキシコシティを離れて遠くへ行ってしまった時、モニカさんと同様、一抹の不安を感じていた私は、この日、それが取り越し苦労だったと思えるようになった。もちろん、問題がすべて消えたわけじゃない。だが、出会った大勢の路上少年・少女の人生において、希望を見出すことがどれほど困難かを思い知らされてきた者にとって、今、目にしている光景は、間違いなく希望を表していた。私をもてなし、家族で自然と戯れる。そんな日がオルガに訪れたことを、私は心から喜んだ。

夕暮れ時、モニカを先頭に、オルガ、モニカの息子を抱えたアナベレンが、町外れでのひとときから家路についた 撮影:工藤律子