でも、夕方になって、学校や仕事で出ていた子たちが戻ってきて人が増えると、話し相手ができた。少しホッとしたよ」 20人ほどのティーンエイジャーの少年たちが、世話役のスタッフ数人と生活している施設は、それまで過ごしてきた場所とはまったく違った。そこでは普通の家庭と同様に、少年たちがそれぞれの学校や職場に通っている。施設にいる時間帯は、壁に貼られた時間割に沿って、担当の家事や宿題をしたり、皆とテレビを見たり、外でサッカーをしたりする。言ってみれば、たくさんの異母兄弟と暮らしているような感じだ。
その「兄弟」たちの大半は、家庭で虐待を受けたり、路上暮らしの経験があったり、薬物依存や売春の経験があったりする。だから定期的に、自分自身や他人との関わり方、薬物や性の問題、HIV/AIDSなどに関するワークショップや、個別あるいはグループでの心理カウンセリングに参加している。それ以外は、一般家庭と変わらない生活だ。 ここでは家族の代わりに、一緒に暮らすスタッフや仲間がいる。彼らと仲良くやっていくことができれば、アンドレスも自分らしい生活を築いて行ける。「最初のうちは、外に出るのが少し怖かった。特に夜は、ホンジュラスにいた頃を思い出して、マラスのような恰好の人間を見かけると、恐ろしくなった。でも時とともに、そんなこともなくなっていった。友だちもできたしね」 アンドレスにとって、この新天地での生活は、少年時代をやり直し、自分の未来を切り開くために与えられた、大きなチャンスだった。敵のギャング団に脅され、敵の縄張りにあった中学に通うこともできなかった少年はまず、15歳以上を対象にした「成人教育プログラム」の単位制学校に通い、3カ月で中学卒業の資格を得た。そして2014年9月からは、この施設を運営するNGOが提供している「ホテルでの職業訓練プログラム」に入り、近い将来、一流ホテルで働くための準備を始めた。「その頃から、僕の生活は根本から変わり始めた。ここでの暮らしにも慣れてきたし、何より、1年ぶりに家族と連絡をとることができたんだ」 2013年9月、祖父母に黙って家を飛び出し、ひそかに国境を越えて以来、アンドレスは家族に電話すらかけていなかった。十分に時間をおかないと、地元の誰かに居場所が知られて身に危険が降りかかるかもしれないと考えてのことだったが、それは同時に、家族にどう話を切り出すか、心の整理をするためでもあった。「電話をして、家族と久しぶりに話せて、すごくうれしかった」 懐かしい人々の声は、彼の心に深い安らぎをもたらした。「電話をしたら、おばあちゃんが出て、“えっ、本当にあなたなの!?”と言った。(ギャング仲間のもとを離れて)家に戻ってきたと思ったらすぐにいなくなって、1年も音沙汰無しだったから、もう僕は死んでしまったと思っていたんだ。兄さんのフェイスブックをみたら、(喪の印の)黒いリボンが付いた僕の写真がアップされていたしね。だからおばあちゃんは、相手がほんとうに僕だとわかって、電話口で泣き出してしまった」 その祖母は、アンドレスがいなくなった直後、悲しみのあまり、病床に臥せっていたという。別れの言葉もなく姿を消し、それっきり生死もわからない孫のことを想い、心労がたまったせいだろう。幸い何とか回復し、この時ようやく孫の元気な声を聞くことができたというわけだ。 電話での会話はまた、アンドレスに、「もう僕はマラスに追われていない」と確信させるのにも役立った。その確信は、彼の将来に対する意欲を、これまで以上にかき立てた。今いる場所で努力を続ければ、故郷にいた時とは違う、まっとうで明るい未来が開けると感じたからだ。「小さい頃は、麻薬の売人だけれど僕や兄さんとよく遊んでくれた父さんのような男になりたいと思っていた。でも今は、それよりももっと良い人生があるとわかったよ」 18歳になったアンドレスは現在、訓練を受けた高級ホテルで正式に雇われ、パーティー会場などのセッティングと片付けを担当するチームに配属されて働いている。数週間前に施設の仲間とサッカーをしていて足の骨を折り、治療のために2カ月を棒に振るはめになったが、復帰したら仕事のリズムを取り戻し、ミニバーの担当に抜擢(ばってき)してもらえるよう、努力するつもりだ。「訓練でやった仕事の中で、一番気に入ったんでね」 笑顔で話す少年は、苦い過去に決別し、第二の故郷となったこの国で、真新しい人生を歩み始めようとしていた。 3時間近いインタビューを終えた私たちは、4日後にホンジュラス取材に発つことを彼に告げて、それまでいた3階の部屋から1階の玄関へと向かった。アンドレスは、松葉づえを使って階段を下りて、ドアまで見送りにきてくれた。 知り合ったばかりとは思えないほど人懐っこい少年に、私は別れの抱擁をしてから、こう尋ねてみた。「ホンジュラスから何か持って来られるとしたら、何が欲しい?」 すると、彼は間髪を入れず、こう答えた。「サッカー・ホンジュラス代表チームの10番のユニフォーム!」
「ラテンギャング・ストーリー」10 新天地
(ジャーナリスト)
2015/12/14