アルテ・コルテ効果
「ところで、もしよかったら木曜日に、お年寄りのためのラテン音楽ディスコをやっていますから、見にきませんか」
パピートが、そう提案してくれる。プロジェクト紹介パネルの写真にある活動だ。アルテ・コルテの社会貢献活動の一つだという。ぜひ見てみたい。
木曜の朝10時過ぎ、同じ場所に戻ってくると、プロジェクトのスタッフ二人が音響用のアンプやケーブル、パソコンを準備していた。そばにいるパピートが、
「彼らが、これからディスコを開きに行くスタッフです」
と、紹介してくれる。その一人、33歳の女性は社会貢献活動全体のコーディネーターだ。
「友人に誘われて、この仕事を引き受けました。すごくやりがいがあるので、もう4年も続けています」
そう言う彼女によれば、スタッフの大半はボランティアだ。
ディスコの現場はすぐ近くだというので、機材を抱えた2人には先を歩いてもらい、私たちは通りの雰囲気を感じるために、ゆっくり行くことにした。この旧市街は、世界遺産に指定されており、カテドラルや要塞などの観光スポットが多い地区は、以前から人と店で賑わっている。だが、この辺りはあまり来たことがなかった。見れば随分と粋な店が並んでいるようだ。地元画家による現代アートのギャラリー、イタリアの空気を感じさせるピザレストラン、朝食客で賑わうカフェ……。これが「アルテ・コルテ効果」か。
目的地にたどり着くと、そこは公営の高齢者向けデイケアセンターだった。この日はちょうど「敬老の日」のお祝いで、国から派遣されたプロの歌手(公務員)が歌のプレゼントに来ている。さきほど通り過ぎたピザレストランからも、ピザの贈り物が届いた。
「自営レストランでも、こうしたプレゼントをするんですねっ」
私が感心すると、社会貢献活動コーディネーターの女性が、
「普通のことですよ」
と微笑む。
アルテ・コルテの二人が音響機材のセッティングを終えると、センター前の道に並べられた椅子に腰掛けた20人ほどの老人を前に、歌手がマイクを手に、ゆったりと歌い始めた。「公」と「民」のコラボだ。
最初は皆、ただ大人しく聴いていたが、しばらくすると女性が一人立ち上がり、ステップを踏み始めた。歌が終わり、速いリズムのラテンダンス音楽が流れると、最年長89歳の女性も加わり、セクシーに腰をクイクイくねらせる。そこへ、センターのソーシャルワーカーである40代の女性が現れ、座っていた老人の一人に手を差し伸べると、彼もニッコリ彼女の手をとって、踊り始める。軽やかに踊るシニアに魅せられ,通行人も立ち止まる。やがて、通りがかりの観光客が一緒に踊りだすと、道ゆく人たちの間に微笑みが広がった。
アルテ・コルテでは、子どもたちのサッカー大会を開いたり、小中学校で理髪師体験学習を実施したりもしている。ゴミを分別するゴミ箱を設置して、環境意識を高める取り組みも。パピートが始めた試みが、人々の気持ちや意識を変え、路地の風景を変え、ハバナ旧市街でも最も薄汚いと言われた地域を、活気と温かみに溢れる町へと変身させた。
理髪師の夢
夕方、大学生の友人ユーヒを連れて、パピートの理髪店を訪ねた。社会問題にあまり関心がない若き友人にも、地域連帯の素晴らしさを感じて欲しかったからだ。路地に立つアパートの3階まで上がり店の呼び鈴を鳴らすと、扉が開き、髭を生やした浅黒い青年が迎えてくれた。理髪師養成校の卒業生で、2カ月ほど前からこの店で働いているイリアン(24)だ。すると突然、彼とユーヒが揃って、
「なんでここに!」
と、叫んで抱き合った。偶然にも、二人は中学時代のクラスメートだったのだ。「お前、何やってんだ」と尋ねられたイリアンが、「理髪師として働いているんだよ」とうれしそうに答える。5、6年ぶりの再会に話が弾む。
店内は、中世の屋敷のような優美な空間だった。アンティーク家具や調度品が、ゴージャスな雰囲気を醸し出す。古い理髪店の器具も展示されている。ハサミやシェイバーなどの小物は、美しいガラスケースの中に宝石のように並べられている。待合室を含めて4つある部屋の壁は、すべて絵画でいっぱいだ。
「青い色調の絵は、全部パピートの作品です」
と、イリアンが教えてくれる。まさに、「理髪師の美術博物館」だ。
芸術家パピートは、奥の部屋で、金髪ボブの若い女性客のカットをしていた。髪の量や質、顔の輪郭などの特徴に合わせて、希望のヘアスタイルに整えていく。女性は、期待通りのモダンな仕上がりに満足げだ。さらに隣の部屋では、先ほどからイリアンが、その女性客の夫の髪と髭を丁寧にカットしている。まもなく二人のカットが終了し、夫婦は揃って爽やかな表情で帰っていった。
パピートに、「一日何人くらいカットするんですか」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「今は7人くらいですね。少し前に、足の腫瘍を除去する手術を受けたので、それ以来、仕事のペースを落としました。