その分、イリアンがカバーしてくれています。とはいえ、朝はアルテ・コルテの活動を、午後は店で仕事をする毎日に変わりはありません」
エネルギッシュな彼も、実は健康に不安を抱えているのだ。それでもなお、アンヘルらとともに、今後はハバナ全体、そして全国に、社会的連帯経済の精神を根付かせることにも力を注いでいきたいと語る。
「私は5年ほど前まで、いわゆる“社会的連帯経済”のことはまったく知りませんでした。ある大学教授の講演に行った時、会場にあった社会的連帯経済を紹介するポスターを見て、“これは私たちが取り組んでいることじゃないか“と驚きました。それ以来、大学やアンヘルたちを通して新しい知識をたくさん得られるようになり、改めて気づいたんです。これこそが、キューバの未来のために必要な経済のかたちだと」
パピートは、社会的連帯経済の考え方の中に、アルテ・コルテ同様、市民が中心となって人のつながりを築き、様々な機会を生み出すことで、社会を豊かにする道筋を見る。
キューバ経済は、これまで国家主導で、かつてはソ連・東欧社会主義圏に、そして現在はベネズエラや中国、ロシアなどに依存する体制をとってきたために、危機に陥ったと思うからだ。経済的にある程度自立し、かつ社会的平等を守りながら、皆が豊かに暮らせるようになる経済モデルとして、社会的連帯経済が理想的だと考えている。だから、熱を込めてこう言う。
「私と同じように考え、それを実行する若者が大勢現れることが、私の夢です」
そんなおしゃべりをしている間に、待合室にはすでに次の客が来ていた。私たちは、パピートとイリアンにお礼を述べて、店を出る。もう夜7時だ。
「イリアンは、いい感じでやっているね」
元クラスメートの活躍ぶりを見たユーヒが、安堵の表情を浮かべた。勉強嫌いでいまいちパッとしなかった友の成長ぶりに、感心したようだ。イリアン自身、「高校を中退してからパピートに出会うまで、ただウダウダしていた」と話していたから、無理もない。だが今は、午前中はアルテ・コルテの理髪師養成校で講師を務め、午後はパピートと店で働きながら、「後輩たちが、自分の好きな仕事をしながら生きていけるようにするために、僕もパピートのようになりたい」と意気込む。
つながりを生かして多様な機会を生み出し、社会を豊かにする。パピートの夢は、アルテ・コルテを通じて、イリアンのような次世代の心を捉え、未来へとつながっている。この夢、企業の利益と経済成長ばかりを追う政策が目立つ日本においても、次世代に伝えていくべきものだと感じるのは、私だけではないだろう。