また、社会的連帯経済の担い手は、ほかにも存在している。伊丹さんによれば、地域で相互扶助の経済を生み出している地元仲間の集団まで含めれば、裾野は広いと言う。だが、そうした集団は通常、「自分たちの枠の外にまでは関心がない」。彼らが活動を外へも広げ、横につながっていけば、もっと社会的連帯経済が拡大するのではないか。そのためにはまず担い手たちが、社会で広く連帯する意義や必要性を感じることが不可欠だ。ところが、日本では、それを後押しするような社会的連帯経済全体の運動の流れが、まだできていない。
社会的連帯経済に欠かせない「民主主義」
世界には、スペインのように、政府が協同組合などとともに社会的連帯経済を推進する国が複数ある。日本でも、政府が「持続可能な社会」を築くための経済政策として、社会的連帯経済を掲げてもいいのではないか。その疑問に、伊丹さんはこう答える。
「問題は、日本では民主主義の価値が軽視されている、ということです。例えば、日本政府は今、SDGs(持続可能な開発目標)の実現を掲げ、旗振り役としていろんな場でアピールしています。SDGsは、政府も地方自治体も企業も市民も受け入れやすいからです。ところが、『社会的連帯経済』は、そうはいかない。SDGsの3つの柱は経済、社会、『環境』なのに対し、『社会的連帯経済』は経済、社会、そして『民主主義』だからです。経済を市民の手に取り戻す、経済の民主化を掲げている。日本には、欧州やラテンアメリカのような民主主義の構築や実践の経験が乏しく、そこがなかなか理解されないのです」
持続可能な社会を築くために、市民がつながり、民主的な経済システムを創っていこう。そう訴えても、行政や企業はもちろん、市民すら簡単には乗らないと、伊丹さんは嘆く。
「民主主義国家は、本来、市民が横に連帯して、主権者として民主的に国を運営することを可能にする市民自治を生み出してこそ、実現するものです。しかし、日本人は市民の連帯を通して民主主義国家を作り上げた経験がない。だから、『連帯』という言葉は、市民自身にも禍々(まがまが)しく暴力的に響いてしまう。これを乗り越える必要があります」
問題を克服するためには、まず地方自治体レベルから市民の連帯と参加を促すのが、近道かもしれない。例えば、千葉県では、市民が中心になって動かす非営利セクター(NPOや協同組合、社会福祉法人)が、行政や地元の中小企業など働きかけて、共に地域課題に取り組むための社会的連帯経済プラットフォーム「つながる経済フォーラムちば」を創った。そこには、地方自治体における市民による民主主義の実践が見られる。そうした動きは、他の自治体でも始まっている。
世界とつながるために
今後、日本の「つながりの経済」が、国際的な社会的連帯経済ともつながっていけるような運動に成長するには、どうしたらいいのか。
「労働者が職場に縛られ、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)をとることが難しい現状を変えなければなりません。ワーク・ライフ・バランス自体、日本では仕事と家庭の両立くらいの意味でしか理解されていません。家庭の時間すらままならないようでは、地域活動やサードプレイス(家庭や職場以外の街の居場所)は夢のまた夢です。女性のパート雇用や正社員化も進み、男も女もとにかく働け、となっている。それは、日本の戦後の社会が、会社中心に作られてきたからです」
日本では、その社会構造のもとで、労働者は責任ある企業に雇用されるのが「最善」だと信じる社会意識が広がっている。正規雇用を得られれば、(国ではなく)会社があらゆる面で面倒を見てくれて、経済的に豊かで安定した暮らしができるというわけだ。そのため、労働者は自主的な取り組みへの挑戦よりも企業で雇用されることを目指し、親は子どもに企業への就職が最善だと教え、教育制度もそこへの道筋として用意されている。非正規雇用が拡大する今でも、その「最善」への執着は強く、社会的連帯経済の主役である非営利組織で働いたり、創意工夫のある自主事業を始めたりはしにくい環境がある。
「日本が『失敗を許さない社会』であることが、大きな困難を生み出しています。社会が示す最善の道筋に乗ることに失敗すると、最低限の権利すら保障されない不安定な暮らしが待っている。雇用保険や健康保険などの社会保障も、社会的立場ごとに分けられており、皆が安心できる普遍的な制度ではないからです。欧州では一般に、どんな立場の人かに関係なく、国民全員に必要最低限の権利を保障しています。まずそこを変える必要があります」
この日本の社会構造の特殊性と問題点は、様々な分野で指摘されてきた。これを変えるきっかけを作るためにも、国内で「つながりの経済」をじわじわと拡大していくことが、大切なのではないか。伊丹さんの話を聞いて、改めてそう感じる。
連載で取り上げている事例は、皆、担い手の主体性や連帯意識が高く、民主的な運営がされており、ユニークで魅力的なものが多い。伊丹さんも触れたように「従来の型にはまらず柔軟につながる」ことで、自分たちの自由な発想と工夫による事業を実現することの楽しさとやりがいを、伝えてくれる。より多くの人が、こうした事例に触れ、その魅力に惹かれてつながりの経済の一員となっていけば、それが変革への原動力となるだろう。
つながりの経済に参加すれば、一人ひとりの権利は「支え合い」を通して守ることができる。そうして得た安心感は、自分の「働き方」と「どんな社会・世界で生きたいのか」を結びつけて考える余裕を与えてくれる。また、世界の運動との接点にも気づかせてくれる。私たちは、まずこの国につながりの経済を創ることを通して、変革に挑んでいこう。
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[日本で社会的連帯経済や世界の社会的連帯経済との連携を推進する組織]