この連載の第1回で説明したように、「社会的連帯経済」とは、競争や利潤追求ではなく、人の暮らしと環境を軸に、民主的で持続可能な社会を築くことを目指す経済のことだ。
これまで、日本における社会的連帯経済の実践例を、この連載で紹介してきた。その中には、協同組合もあれば、NPOや企業、市民グループなど、様々なものがある。
それらは、日本社会で、どんな役割を果たしているのか。課題は何か。日本では「社会的連帯経済」という言葉自体がまだあまり知られていないという状況で、この経済を推進する流れを運動として強化、拡大していくには、どうすればいいのか。国全体として取り組めることはないのか。
こうした疑問を解くために、今回はこのテーマに詳しい法政大学大学院連帯社会インスティテュート教授の伊丹謙太郎さんに、日本の社会的連帯経済の全体像と課題について聞いた。
日本の「社会的連帯経済」の背景
日本における「社会的連帯経済」を理解するには、まず農業協同組合(農協)や生活協同組合(生協)などの事業規模の大きい協同組合から考えるのがわかりやすいと、伊丹さんは言う。
「社会的連帯経済は、営利追求を目的として設立される一般的な企業と違って、『事業』と『運動』という2つの側面を持っています。日本の協同組合は、世界的に見ても大規模かつ高い組織力を持つ事業体で、長年にわたり活動してきた力のある社会運動体でもあります。1970年代から80年代にはその協同組合運動が広がり、組合員数は急増、事業規模も拡大しました。ところが、1990年代から2000年代にかけては、国内の社会構造や産業構造の変化とともに、政府による規制緩和政策と世界的な経済のグローバル化の影響もあり、運動体としての活動は弱まり、経済的な事業体としての存続に力を注がなければならなくなりました。
例えば、農協は、それまで既得権に守られ、組合員が必要な農機具や農薬など農業に関わるものを一手に販売していましたが、競争相手が現れて、コストや利益を下げないと売れなくなりました。また、各県の生協は、その県内でしか事業が認められていなかったのですが、規制緩和で隣接県まで事業を拡大できるようになったことで、生協間でも更なる競争に巻き込まれることになったのです」
社会的連帯経済の担い手として重要な存在であるNPOについても、日本では事業の安定化のために、時にその主体性が奪われるようになったという。
「NPOにおいて、自主事業というのは大事な柱です。日本でもかつてNPOやNGO、一般のボランティア組織は、文字通り、市民が理想とする社会を作るための事業を自分たちで考え、実施していました。1998年にNPO法(特定非営利活動促進法)が成立した際は、その活動が更に活発化することが期待されました。ところが、2003年に地方自治法の改正によって指定管理者制度(公的施設での事業運営を、民間組織が公的資金を得て請け負うことができる制度)ができて以来、多くのNPOが『行政サービスの委託先』になりました。行政がその地域に必要だと考え、求めるサービスを、行政に代わって実施するようになったわけです」
経営が厳しいNPOの中には、スタッフの給料を確保しながら事業を続けるためには、公的事業の受託が欠かせない団体も少なくない。
「大多数の非営利組織は、日頃からいかに資金繰りを安定させるかに気をもんでいます」
と、伊丹さん。指定管理者制度を活用した結果、事業内容が組織の目指すものと必ずしも一致しない、組織の長期的な方針・計画に則った事業にならないなど、NPOが本来持つべき自律性や運動性を一部削がれてしまうことになったのだ。
社会課題の解決を目指す「つながりの経済」へ
だが、2010年代以降、全体の流れは変わりつつある。グローバル化の中で生まれた格差や貧困の問題、気候危機、東日本大震災をはじめとする災害からの復興支援など、多様化・複雑化する社会問題を前に、協同組合などの「社会運動体としての使命」が、再び強く意識されるようになってきたと、伊丹さんは言う。
「複雑化する社会問題を解決するため、協同組合の人たちは、組合員同士だけではなく、地域の市民組織やNPO、自治体など、従来の枠組みを超えてより幅広い組織と連携する必要性を感じています」
実際、農協、漁協、生協などの協同組合は、この10年余り、組合員同士の「共益」だけでなく、地域社会全体のことを考える「公益」のための事業や活動を積極的に行うようになってきたという。
「例えば、全国の生協は現在、各自治体や社会福祉協議会と『地域見守り協定』を結び、宅配事業を通して地域の高齢者の見守り役を担っています。地域生協には、日本の全世帯の約3分の1が加入しており、宅配・夕食宅配事業では、毎週同じ曜日の同じ時間に同じ人を訪問するため、すぐに異変に気づいて連絡できるからです」
協同組合が、つながりを利用した地域貢献を通じて各地域に豊かな市民生活を築いていけば、組合員の「共益」も社会全体の「公益」も実現できる、と伊丹さん。
「海外で先行し広がっている社会的連帯経済をローカライズし、日本に合った形の『つながりの経済』を創る。そのために、協同組合のような大きな組織はもちろん、小さな事業や活動もつながって、地域の様々な組織が連携していくことが、非常に大切だと思います。この連載に出てくる事例のように、従来の型にはまらず柔軟につながっていく必要があります」
一方、労働者協同組合(ワーカーズコープやワーカーズ・コレクティブ)でも、長い法制化運動の末に実現した「労働者協同組合法」が10月に施行されることを弾みに、各地域との結びつきを強化し、市民が自分らしい働き方を協同で実現する組織づくりを後押ししながら、多様な組織との連携に力を注いでいる。