病気で倒れる前は、日本全国をバンド仲間と演奏旅行していたというエンリケさんが、ラテン音楽の有名なバラード曲のカラオケをかけて歌い出す。カテリンさんは笑みを浮かべ、藤田さんは一緒に歌を口ずさみ始めた。大津さんが「日本の演歌と似ているのよね!」と笑いかけると、エンリケさんは「そうそう、だから日本人も好きなんだよ。ヘルパーのあなたにも、歌を教えてあげよう」と、上機嫌だ。
大津さんは友人に勧められて、介護ヘルパーの資格を取り、2022年10月から〈ほみ〉で働き始めたばかりだ。この仕事がとても気に入っていると言う。
「以前働いていた工場と違って、ここでは人と関わる仕事ができるのがうれしいです」
別の日系ブラジル人のヘルパー、田港セリさん(62)は、この日、ブラジル人のルイス・ミランダさん(60)の介助に向かった。ルイスさんは、神崎エンリケさん同様、脳卒中を起こしたせいで体が思うように動かないうえ、言葉も話せない状態。元気な頃は妻のエリアナさんと工場や弁当屋で働いていたが、今はほとんどベッドに寝たきりでテレビを観るだけの毎日だ。強いストレスのためか、妻以外の女性の介護は受けたがらないので、田港さんはヘルパー仲間でもある妻エリアナさんと協力しながら、ルイスさんとは一定の距離を保って仕事をこなしていた。そんな中、この日は一緒にいた男性スタッフの藤田さんが、その立派な髭を見て「サンタのようですね!」などと気さくに話しかけたことで、ルイスさんが笑顔になり、自ら起き上がってベッドの下に足をついた。それから藤田さんとカメラに向かってポーズ——。
2軒の訪問を終えた帰り道、藤田さんは、「今日はとてもいい日になりました」と、感慨深げに言った。同じ国出身の男性2人の笑顔を見られたからだろう。日本人でもそうだが、常にどこか孤独を感じているであろう外国人移住者にとってはなおさら、〈ほみ〉の訪問介護は生活だけでなく、心の支えにもなっている。同じ国出身のヘルパーからの母語での語りかけや笑みは、団地の人口約7000人の半数以上を占めるブラジルやペルー出身の住民の暮らしに、潤いをもたらしている。
訪問介護の利用者は、現時点では高齢化が進む日本人のほうが多いが、今後、外国人の利用者も増えていくだろう。幸い、〈ほみ〉の介護ヘルパーは30〜50代が中心で、一般の日本人ヘルパーよりも若く、勤務時間も長く取れるため、人手は確保できると言う。ただ、ブラジルやペルー出身の利用者への対応には、日本人利用者に対してよりも工夫が求められる。日本人は介護ヘルパーの役割を比較的よく理解しているが、「介護は家族の仕事」と考えている中南米出身者は、「ヘルパー」を「お手伝いさん」のように考えている人も少なくないからだ。
「年末の大掃除とか、生活保護の手続きの同行通訳とか、介護事業の枠外のことを頼まれることも多いんです。そういう時は、協同組合の『助け合い活動』でカバーするようにしています」
上江洲さんはそう説明する。高齢協には、困りごとを解決する仕組みとして、「助け合い活動」があり、〈ほみ〉では1時間2000円と格安の料金でその依頼を受けている。そうした幅広く柔軟な対応が、地域の多様な人々の暮らしを支えている。
家族と過ごすような空間
〈ほみ〉では、2015年8月から事務所で、障がいのある子どもたちのための放課後等デイサービスの事業「児童デイサービスほほえみ(以後、〈ほほえみ〉)」も運営している。現在、計18人の子どもが登録されており、月曜から金曜の午後3時から6時までの間、毎日6〜9人が〈ほほえみ〉で過ごす。障がい者手帳を持つ子どもなら、知的障がい、発達障がい、身体的障がい、どんな障がいのある子でも利用できる。3時前にスタッフが送迎車で特別支援学校などへ迎えに行き、帰りは一人ひとり自宅へ送り届ける。
吉
正しくは「土」の下に「口」