
街中の広場に自前のテントを張って暮らす家族と、記念撮影をするダビ(中央)。毎日のように訪ねて親の理解を得ることで、まずは子どもが学校へ通えるようにするのが狙いだ 撮影:篠田有史
忘れられない子ども
本格的にストリートエデュケーターの仕事に就いて以来、2026年で25年目となるダビ。彼が出会ってきた数えきれないほどの子どもたちの中でも、最も深く記憶に残っている少女と少年がいる。
少女は、ジェニー。「カサ・アリアンサ・メヒコ」のストリートエデュケーターとして活動を始めた「初日」に、保護した子どもだ。当時、16歳か17歳で、妊娠7〜8カ月だった。通常、初対面でいきなりNGOの施設へ行くことに同意する子どもは、あまりいない。ところが、ジェニーは、自分の話を聞いてアドバイスをするダビの言葉に従い、その日そのまま一緒に施設へ行った。そしてそこに留まる決心をした。少女を連れて施設へ戻ってきたダビを見た路上活動チームのコーディネーターは、その活動の成果に心底驚いたという。

ダビは、妊娠中の少女(右)に、出産までに受けられる公的医療サービスの説明をし、生まれた子どもの出生届をすぐに出せるよう、母親自身の住民登録を手伝う 撮影:篠田有史
少年の方は、12歳のペドロだ。コカインの加工品「ピエドラ」が流行っていた頃に知り合った子どもで、極度な薬物依存症のうえに暴力的で、身なりも最悪。服は臭く、いつも被っている帽子の下は、しらみだらけだった。
「2年間は風呂に入っていないという感じだった。そこで、1カ月以上かけて説得し、最後はタクシーに乗せて、避難所へ連れて行ったんだ。そこで体を洗い、身なりを整えたうえで、病院へ行った」
ペドロは、その時、ひどく体調が悪かった。貧血やマラリアのような症状もあり、診察した医師は、ダビに「もう少しで、死ぬところでしたよ」と告げた。少年は、ダビと共に施設へ行く決心をしたおかげで、命拾いしたのだ。
「死にかけたけど、目の前の道の先には光が見えたんだ」
ペドロはそうダビに語り、その後、自身の予感を現実にするかのように、施設で安定した生活を送り始める。ところが、2年ほど経ったある日、施設の子どもたち皆で外出した際に、地下鉄駅を出たところでマリファナを吸っている連中に1本誘われ、それを吸ってしまったせいで、そのまま路上暮らしへ戻ってしまった。
その後も、ダビの粘り強い誘いに応じて、何度か施設まで来るには来たが、すぐに路上へ帰ってしまった。それを繰り返すうちに、最悪の運命を辿ることになってしまう。
「(麻薬の密売などが盛んな)ラグニージャ地区付近で起きた銃撃戦に巻き込まれて、死んでしまった……」
ダビの寂しげな口調に、その無念が滲む。
「ボクたちストリートエデュケーターは、ペドロの葬儀の準備をして、探せるだけ彼の家族を探し、その死を知らせた。結局、8人くらいが参列した」
路上暮らしの子どもたちの中には、ストリートエデュケーターや路上の仲間以外に、誰も見送る人のいないまま、無縁墓地に葬られる子も多い。そういう意味では、ペドロはまだ救われた方なのかもしれない。何より、ダビのような大人が最後まで寄り添っていたことが、一番の幸運だっただろう。
ダビは言う。
「ボクは今でも、時々、ペドロの夢を見る」