青森競輪場から降りてきて、バスは青森駅に着いた。
もうすっかり夜になっていた。
宿に戻ろうか街を散策しようか。街を散策しよう。
疲れていたが、少し歩いてみることにした。
コロナ禍ということもあってか、開いている店は少なかった。
青森の街はバッと繁華街、というよりも、少し店が点在しているような感じがした。街の灯りを頼りに歩いた。しかしどこもしっくりこない。雨が降っていた。気分も重たくなる。足も重たい。ガラケーについている歩数計も1万歩を超えてきた。もう諦めようか。それでも歩いてしまうのは貧乏性だから。知らない街に行ったなら、知らない店に入らないと気が済まないのだ。それは日本百名山を登った後、二百名山を登ろうとした母譲りの気質なのかもしれない。自分の場合は知らない街の喫茶店、だろうか。
諦めかけた時、1軒の提灯が路地の真ん中らへんに見えた。ん、におう。これしかないだろうということでにじり寄る。店の前まで来る。中は見えない。提灯は赤ではなく白だ。漢字で二文字の店名。これしかないだろう。扉を開ける。ガラガラガラ。
カウンターの中に店主が1人。寿司屋のような店の作りに少し面食らう。大丈夫だろうか。値段は。すぐにメニューらしきものに目をやる。大丈夫だ。良心的なお店だ。大将に、1人ですが大丈夫ですか、と声をかけ、どうぞ、と案内される。競輪場で焼きそばやトウモロコシを食べたので、腹はそんなに減ってはいなかった。適当につまんで飲もう。メニューを見る。
「莫久来」というのが気になったが、頼んだのはジュンサイやホタテ。青森はホタテの養殖が盛んだという。うまいっすねーと言っていたら、そんな好きなら食べな、とおかわりをくれた。
それからこれも食べなとジャガイモの小さいのを出してくれたが、これがまた美味しく、クセになる。これもうまいっすねーと言ったら、食べな、と言ってまた出してくれた。今度は袋ごと。
大将優しくてついつい酒を頼みすぎてしまったかもしれない。色々話を聞かせてくれた。15歳で東京へ出て寿司屋で修業をしたこと。若くして店を持ったこと。青森へ戻ってきたこと。ああ人生だなと思った。いつの間にか大将が、隣いいかな、とカウンターの隣に来る。ビールを注ぐ。乾杯。それからも色々話を聞かせてくれた。歩いた甲斐があったなと大将の横顔を見ながら思った。名前なんて言うの、と聞かれたので、前野です、と答えた。前野さん、よろしくね、と大将。客は誰も来ない。大将と、大将の店のカウンターで、飲む。ほろ酔いになってきたところで、次どこ行くの、と大将が聞いてきた。いや、とくに決めてないです、と返すと、女の子いるとこ行く? と大将。旅は道連れ。さあこれは行くしかない。行きましょう! と返す。前ちゃん、ちょっと待ってて、支度するから、と大将。少し柔らかくなっている。鯉口シャツを脱ぎ、ワイシャツ、ジャケット姿に着替え、ハンチング帽を被った。イケてる。さあ行こうか、と大将。あ、これ持ってきな、とさらにジャガイモふたつ渡される。