目覚めは良くなかった。
大量に水を飲んでいたので、そこまで悪酔いという感じではなかったが、スッキリ、とは言えない。チェックアウトは朝の10時。部屋のカーテンを開けると、朝日が駐車場に降り注いでいた。高い建物がなく、空も広く見える。シャワーを浴びて、部屋を出た。
荷物をフロントに預けて、自転車が借りられるか、尋ねる。少し渋っていたが、借りられた。途中休憩で人がいなくなるので14時以降に戻してくれるなら、という条件付きだった。もちろん大丈夫です、と答える。エレベーターの脇に置いてあった自転車を借りる。サドルを目一杯高くして座る。こうしないと腰が痛くなるのだ。さあこれで街は俺のものだ。そんな気分で朝の日立を走り始めた。
1月19日。冬のど真ん中だったが、自転車を漕げば体も熱くなる。ダウンを脱ぎ、前カゴに入れる。コーヒーコーヒー、と呪文のように唱えるが、なかなか喫茶店は見つからない。国道沿い、商店街、住宅街、行ったり来たり走るが見つからない。30分経ち、40分経ち、それでも見つからない。その時、電柱に「コーヒー」の文字を見つけた。病院の広告はよく見かけるが、コーヒーの広告は初めてかもしれない。ここを左折、そう書いてあった。左に曲がると、確かにあった。大きな珈琲屋。ドアのところに、11時オープンと書いてある。あと15分ほどだ。中に人が見えたので、ドアを開け、念の為確認する。「11時から入れますか」「入れますよ」。よかった。心が急に晴れやかになる。安心して待つ間、少し周辺を散策したが、自分が泊まったホテルが近くにあり、なぜ気づかなかったのだろうと思った。
11時になったので店に戻るとすでに先客がいた。常連さんだろう。モーニングメニューはなかったが、トーストセットとコーヒーを頼んだ。1時間近く彷徨っていたので、この店の存在が身に染みてありがたかった。そして運ばれてきた豪華なトーストセットよ。あなたに会えて、うれしい。目玉焼きが2つものっている。スープにコーヒーは少しお腹がたぷたぷになるけど。
地元の新聞を読みながら、さてこれからどうしようかと考える。エネルギーチャージもできたので、山の方に行ってみるか。街と海を見下ろしたい。方角がよく分からないが、とりあえず坂を上ろう。会計を済ませ店を出た。そういえば自分が店に入った後、窓の外の駐車場がどんどん車で埋まっていくのが見えた。そして入ってきたお客さんが、ラーメンや定食を頼んでいた。隣の席の老夫婦が、美味しそうにラーメンを食べていたのが印象に残った。
あなたに会えて、うれしい
山の方に行く前に、少し自転車を走らせた。コーヒー探しに彷徨っている間に見かけたお菓子屋が気になっていたのだ。渋い看板。食後に甘いものでも食べよう。中に入ると、手書きのポップが真っ先に目に入った。しかしそれはポップではなく、店を畳みます、という案内だった。100年ほど日立で和菓子屋を営んできましたが、3月いっぱいで閉店します、と書かれていた。残念、なんて言葉を一見の客である自分が使っていいわけないだろうが、残念、という感情が真っ先に湧いてきてしまう。長く続いていれば良い、ということでもないだろうが、100年以上そこにある店は、大きな樹のような安心感がある。旅の人間にとっては、街の昔を知るきかっけにもなる。店閉めちゃうんですね、なんて気軽に話しかけられるわけもなく、何種類かのお菓子を買って外へ出た。
100年以上続いたお菓子屋
日立は鉱山で栄えた街。街中には鉱山へ向かう鉄道も敷かれた。今は線路は残っていないが、その跡地が駐車場になっていて、なんとなく道筋を想像できる。ということはこの勾配を上っていけば、山の方に行けるはずだ。自転車を走らせた。しかしすぐに大通りにぶつかり、ぷつりと道は途絶えてしまう。方角だけを頼りに、ジグザグに道を上っていくが、あまりに急坂のため、断念。せっかく上った道だったが、シューッと自転車で降りた。昨日打ち上げで地元の方から聞いた、遊園地の方に行けば、街と海を一望できるはず、という情報を頼りに、行き先を変える。幸いにも、遊園地の観覧車は街から見えた。かなりの高台に観覧車があるからだろう。
そこを目指してまた走り始めた。地形がダイナミックで、自転車の動きはちっぽけに感じられた。山にアスファルトを貼り付けたような感じ。大きな上り坂では自転車から降りて、押して歩いた。