外へ出るとすっかり夜で、夕飯でも食べようかと店を探し歩いた。宿の近くの思案橋のほうまで戻ればたくさん飲み屋があるが、この辺で食べるのもいいな、という気持ちになっていた。近くの店に入ると平日ということもあり空いていた。繁華街から少し離れているので、静かだった。カウンターでゆっくり飲んだ。大将から魚の話を聞き、おかみさんからはパンフレットをもらった。小冊子で、魚のこと、長崎のことが少し書いてあった。その中に、長崎の夜景が世界新三大夜景になった、という記事と写真が載っていた。そうか、夜景か。まったく見るつもりはなかったけど、ライブ前日にこの街の夜景を見ておくのもわるくない。おかみさんに、夜景って綺麗ですか、と聞くと、うん、すごく綺麗ですよ、と言う。時計を見ると夜の8時。この時間でもやってますか、もちろんやってますよ、ロープウェイはもう閉まっちゃってるかもしれないけど。タクシー呼びましょうか、とおかみさん。話を聞くと大将とおかみさんの甥っ子さんがタクシーの運転手をしているらしい。そりゃもう行くしかない。何かが動き出した瞬間だった。
会計をしてお2人の写真を撮らせてもらい、外へ出るとタクシーが待っている。乗り込んですぐに甥っ子さんなんですねと聞くと、いや、甥っ子というか、それは兄の方ですね、と。あまりその話には乗り気ではなかったので、やめて、展望台の話に切り替えた。運転手さんは少しずつテンションを上げて、長崎の街のことを色々と話してくれた。ほろ酔いで、それを聞きながら、車窓に流れる街の明かりを眺める。少し夢の中のようだ。このタクシーに身を預け、山頂を目指した。
車は橋を渡り、すぐに急坂を登り始めた。この道が近道なんです、とぐねぐねと住宅街を抜け、山道を登り始めた。すぐに街が見下ろせそうな感じがして身を乗り出し窓の外を眺めようとしたが、まだ我慢してください、と運転手さんが言う。えーだめですか、とそれにのって見るのをやめる。楽しくなってくる。デートしてるみたいじゃないか。おじさん2人の車内。運転手さん飛ばしてぐんぐん展望台を目指す。着いた。外に出る。ぱらぱらと観光客、地元のデートか、カップルもいる。その向こうに現れた。長崎の夜景。たしかに美しい。
運転手さんが案内してくれる。この上も綺麗ですよ。建物の中に入り、さらに上に登る。冷たい風。この街の歴史。今現在の営み。暮らし。人間というのは狂気をはらんでいたり、残酷なことをしでかしてしまう生き物だが、この明かりの美しさはなんであろう。
ロープウェイは夜の10時までやっていたので、帰りはロープウェイに乗ってみたくなった。運転手さんは、ぜひ乗ってみてください、と言う。ありがたい。下りの運賃を稼げなくて申し訳ないと思いつつ、礼を言って別れた。