ライブを2本終えて、連日深夜まで酒を飲み、正直疲れていた。宿に向かう。途中商店街で立て看板があった。「ここは江戸時代『本陣』があった通りです。大村は、小倉から長崎に通じる長崎街道の宿場町でもありました」と書かれている。
歴史がからっきしダメな自分だけど、小倉に4日前いたので、少し興味が湧いた。小倉競輪から大村ボート。賭場を線で結ぶと、何か見えてくるものがあるのかもしれない。なかなか宿に辿り着かないので宿に電話を入れる。もうすぐ近くです、と詳しく道順を教えてくれる。
ようやく宿に入りチェックイン。部屋の窓から黒い海が少し見える。風が強い。疲れていたので街に繰り出すのもキツイなと思ったが、祖父さんの背中、と思い少し仮眠をとり、街へ出てみることにした。
大村の街はこぢんまりとしていたが、夜の店はけっこう開いていた。ネオンも艶っぽく、これは飲み屋に辿り着けるだろうと思った。しかし寒い。耐えられるか。駅から歩いてきた道を戻り、宿でもらった周辺マップを眺めながら、歩くと、店の前に1人の女の人がいる。空を仰いでいる。ここだ。1人なんですが入れますか。あ、今ちょうどお客さん見送ったところ、どうぞ、と。よかった。構えもどしっとしていてカウンターも綺麗、もしかしたら高いかもしれないと思いつつ、まあ死ぬことはないだろう、ということで堂々と入店。
カウンターのネタケースに新鮮な野菜や肉、魚が入っている。女将さん1人で切り盛りしている店らしい。自分から年齢を教えてくれた。80代だった。見えない。美しい魚の刺盛り。ありがたくいただく。色々な話をしてくれた。店を作った頃の話、バブルの頃の話、寝る前に必ず感謝をする、という話。沁みた。毎日飲酒は欠かさないとも言っていた。カウンターの上にウィスキー、カティーサークの瓶が置いてあった。これをうすーくして毎日飲むの、と。1杯だけと言っていたか。試してみて、と1杯ご馳走になる。締めに良い。女将さんの話が、すーっと体に沁み渡る。
すっかり気分が良くなってしまったが、さあ帰ろう。最後に祖父さんのこと、と思い、マエノって姓のお知り合いいますかと尋ねたが、なんか聞いたことあるけど、くらいであまり話に乗り気ではなかったので、無理には話さず、帰ることにした。支度を始めたが女将さんがこれ見て、と写真を取り出した。昔のゴルフコンペの時の写真かな、と3、40年前の写真を見せてくれた。美しい。花束を抱えている。真っ赤な口紅を差して、口元は閉じているが、目はうっすらと微笑んでいる。祖父さんの背中は見えなかったけど、大村という街が、少し近くなった気がした。
翌朝起きて窓を開けると、黒かった海は濃い青色をしていた。