2025年5月17日、奨学金問題対策全国会議の設立12周年シンポジウム「奨学金からみる家族という鎖」が開催されました。この組織は13年3月に結成されて以降、奨学金返済困難者の相談に応じ、奨学金制度の改善に向けて活動を続けてきました。また、毎年開催するシンポジウムでは奨学金や学費、貧困問題に詳しい専門家を招き、講演をお願いしてきました。
設立12周年の今年、例年のシンポジウムとは異なり、奨学金問題対策全国会議の共同代表である私が基調講演を行うことになりました。事務局からは、今回のテーマである「奨学金からみる家族という鎖」にふさわしい内容を求められました。私は悩んだ末、講演のタイトルを「奨学金・学費からみえてくる『家族主義』」に決定しました。
しかしタイトルを決めてからも、悩みは晴れませんでした。私はこれまで奨学金や学費の制度について数多くの講演を行ってきましたが、「家族主義」についてはテーマに関連して言及することはあったものの、主題に据えて話したことは一度もありませんでした。考え苦しんだ末に、「過去に出会った具体的事例を紹介し、そこで自分の中に生じた気持ちや心の動きを正直に伝え、シンポジウムに参加している皆さんに考えていただこう」と思いつき、講演資料を作成しました。
講演では21の具体的事例を用意しましたが、いずれも相談の現場で私が直接見聞きしたものに限りました。中でも特に印象的だった事例を、以下にご紹介します。
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【事例】2010年、愛媛大学の学生からの聞き取り。月の奨学金利用額12万円の中で、親が弟の進学費用を準備。
これは私が奨学金問題を発見した時の事例です。非常勤で講義を担当していた愛媛大学の学生から聞き取りを行いました。この学生は奨学金を月12万円借りていました。
私は自分の学生時代(1980年代)の奨学金利用額が月2万円台だったので、月12万円という利用額に疑問を抱きました。そこで詳しく聞いてみると、自身が利用している金額は月8万円だと言います。「残りの4万円はどこにいったの?」と尋ねると、「月4万円は弟の進学費用のために親が貯めている」と言うのです。
私はこの学生が借りている奨学金が、弟の学費にも利用されている実態に驚きました。そして「弟さんに毎月4万円が回るのであれば、その分は弟さんが返済するの?」と尋ねると、「それは分からない」との返答がありました。その時の不安げな表情が忘れられません。奨学金を月12万円借りることを決めたのは彼の親で、それを弟に配分することもまた親の決定であることが分かりました。
【事例】中京大学で奨学金の授業。高校での奨学金の説明会の不十分さを説明すると、一定数以上の学生が「親が説明会に出れば良い」と回答。
奨学金制度はかなり複雑で、理解するのは容易ではありません。また、返済困難に陥った場合、救済制度を知らなければ利用者は窮地に追い込まれます。それらの観点から、高校で行われている奨学金説明会の不十分さを指摘し、これから利用する高校生への説明を改善する必要性を訴えました。すると奨学金を利用している多くの現役大学生から「親が説明会に出るようにすれば良い」という意見が出されました。
詳しく話を聞くと彼らの多くは、親から「奨学金説明会に出席しなさい」と言われて説明会に出席していると言います。奨学金を利用するかどうか、また利用額も最終的に決めるのは親なので、決定権のない自分よりも親が説明会に出席する方が望ましいと言うのです。奨学金の利用を決めているのは、実質的には親である場合が多いことをこの事例はよく示しています。
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【事例】2012年9月、「愛知県 学費と奨学金を考える会」結成。学生に対するアンケート調査で「奨学金を月にいくら借りているか?」という質問に対し、「分からない」の返答が最多。当初はその理由に思い至らず。
「愛知県 学費と奨学金を考える会」は、奨学金制度の改善を目指して学生たちが結成した団体です。同団体が奨学金について学生にアンケート調査を実施した時に、最も印象に残っているのが上記の回答でした。
私自身も学部時代・大学院時代と奨学金を利用していました。奨学金は通帳を見ればその月の入金額を確認できますから、利用額が分からないということはあり得ません。そこで学生に聞き取りを行うと、「奨学金が入金されている通帳を見たことがない」という回答が多数ありました。その時、通帳を親が管理しているという事実に気がつきました。
奨学金の利用額を借主の学生自身が知らない状況はさすがに問題ではないかと思った私は、その学生の親に聞き取りを行いました。すると「あんなに多額のお金を子どもに扱わせるわけにはいかないでしょう」と、本人が利用額を知らないことよりも多額のお金を託すことのほうを問題視する親が一定数以上いることが分かりました。
【事例】奨学金を月に12万円借りている学生。授業料は年間100万円前後なので、年間40万円以上が余る計算となる。学生が親にそのことについて質問しても、「私たちに任せておけば良いから」と使途を説明しない。
これは、私の講義を聞いて奨学金問題に関心をもった学生の事例です。その学生は自身の奨学金利用額が月に12万円で、年間にすると必要な学費よりも40万円以上多いことを突き止めました。そして余剰金の使途を親に質問しても、答えてくれないという訴えがありました。結局、この学生が大学を卒業するまで、親はその使途を明かしませんでした。確実な証拠はありませんが、奨学金の一部を生活費として流用した可能性が高い事例です。
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【事例】奨学金問題対策全国会議の活動を開始してから、メールや手紙で多数の連絡が届くようになる。「孫の奨学金を今年から年金で支払い始めました。しかしあと19年、生きる自信がありません」など、祖父母が孫の奨学金返済を行っている事例を多数知ることになる。
【事例】2015年6月、中央労福協(労働者福祉中央協議会)の研究集会での講演以降、同年10月から給付型奨学金導入を求める署名活動、および全国で奨学金講演を行う。奨学金返済についての親世代の関心の強さに驚き。「子どもの卒業後も、奨学金を自分が返している」「子どもの結婚前までに何とか返済した」「何とか奨学金を利用しないように頑張って学費を払ったのに、子どもが結婚した相手が奨学金返済を終えておらず、自分の子が支払っていることに釈然としない」など。