皆さんは「日本の高等教育費」について、どのようにお考えですか? 家族の中に高等教育を志願しているお子さんがいたり、ご自身が教育関係者であったり、現に高等教育機関に通っている学生だったりすれば格別の関心をお持ちでしょうが、中には他人事に感じている人も多いことでしょう。近年になって高校までの学費無償化は進んできているものの、日本では高等教育費の高さが教育格差の開きを増長させており、社会問題になりつつあります。
これまで日本社会は、高等教育費の負担は「個人の自己責任」とする考え方に固執し続けてきた面があります。しかしこれからは、高等教育を個人ではなく「社会全体で支える」と捉えることが、高等教育費負担軽減を進める際に重要となるでしょう。
そこで、私もメンバーの一人である「すべての人が学べる社会へ 高等教育費負担軽減プロジェクト」では、高等教育費のあり方が大きな社会問題となる中でその実態を伝え、今後のあり方について考える機会を持ってほしいという狙いのもと、新たな取り組みとして「高等教育費負担軽減オンラインセミナー」を企画、2025年10月28日から全6回の予定で無料配信を始めました。同セミナーのテーマは「家族の『困った』を、社会が『支える』へ」です。
第1回配信は、桜美林大学教育探究科学群の小林雅之特任教授による「国際比較に見る日本の親負担主義の重さ」。小林さんは長年、奨学金や教育費の問題に取り組んできた高等教育の研究者です。
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冒頭、小林さんは「今日は国際比較という観点から、教育費の負担問題を考えてみたい」と切り出し、「日本だけを見ていると、教育費というのは親あるいは保護者が持つというのが大体当然のことと思われているが、国際的に見ると必ずしもそうではない。全く違う考え方をする国があります」と説明されました。
そうしてまず議論の前提として、「教育費の負担とその背景にある教育観」を提示。つまり、教育費負担のあり方には公的負担と私的負担という2つの考え方があり、公的負担とは「教育は社会が支える」という考え方で、これを「教育費負担の福祉国家主義」と呼び表しました。
対して、私的負担とは「教育は個人のため」という考え方で、家計負担とその他の私的負担(民間寄付、企業など)とに分かれます。さらに家計負担には、親負担と子(学生本人)負担とがあり、前者の場合を「教育費負担の家族主義」、後者の場合を「教育費負担の個人主義」と呼ぶそうです。
国際的に見ても、教育費負担は「公的負担」「親負担」「本人負担」の3つに分かれており、スウェーデンなどの北欧諸国、フランス、ドイツなどでは公的負担という考え方が強いとのこと。例えば、スウェーデンやフィンランドでは、公立に限らず私立大学でも授業料はすべて無償。フランスでも「高等教育は無償」として、憲法に規定されているそうです。
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ここで小林さんから、興味深いエピソードを紹介されました。
フランスの教育行政機関である「国民教育・青少年省」(Ministère de l’Éducation nationale et de la Jeunesse)の担当者に、「日本では教育の費用、特に大学の費用を公的に負担する/無償にするということについては(大学には)進学しない人がいて、そこに税金を使うのだから非常に不公平だという議論がある」と投げかけたところ、その担当者は「教育とか福祉は人権問題の一部であり、フランス革命以来そのような考え方が根付いている」「進学しない人に対しても住宅手当などさまざまな手当が沢山あるので、授業料が無償というのはその中のごく一部にすぎない。進学者と非進学者の不公平ということは、ほとんど問題にならない」と返答したそうです。
また、スウェーデンで「私立大学も無償である」と聞いた時にも同様の投げかけを行い、先方から「何で親が子どもの教育費を負担しないといけないんだ。社会が負担するのが当然でしょう」と返答されたそうです。
このエピソードを聞いて、フランスやスウェーデンと日本との意識の違いに驚かれた人も多いのではないでしょうか?
もう一つの考え方は、アメリカ、オーストラリア、イギリスなど、主に英語圏の国々で多く見られる本人負担主義です。教育の受益者は進学する本人なのだから、その費用を本人が負担するのは当然という考え方です。本人が負担するといっても、高校を卒業したばかりの学生が入学金や授業料を自己負担するのは困難ですから、大部分はローンという形を取ります。しかもオーストラリアやイギリスでは、授業料はすべて後払い制度です。在学中に負担することはなく、卒業してから一定の割合を返済していくという仕組みとなっています。
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一方、日本や韓国で強いのは、教育費の親負担主義という考え方です。小林さんはこうした親負担主義は、世界の他の国々ではあまり見られないものであり、その点でも日本の特異性が見えてくると強調されました。
南ヨーロッパのイタリアやスペインも大学の授業料は有償で、家族が支えるという考え方は強いですが、それでも日本のような極端な家族主義にはなっていないと言います。韓国では近年、奨学金制度が充実してきたこともあって、親負担の割合は減ってきています。ということは、日本の教育費の親負担主義は極めて強固かつ、世界の中でも突出した状況にあると言えるでしょう。
このことは日本では家計に占める高等教育費の割合が、国際比較で見てもとても高くなっているところに明確に表れています。
小林さんは以上の説明をした上で、「教育費の公的負担の根拠」として(1)教育機会均等の要請(憲法第26条、教育基本法第4条)、(2)教育の経済効果・外部効果、(3)公共財としての教育、(4)教育資金市場の不完全性、(5)情報ギャップからなる5つのポイントを提示。とりわけ(2)の教育の経済効果・外部効果を示すことについて、「教育の機会均等」だけでは日本で教育費の公的負担の増額について合意形成することは困難との理由を挙げ、重要性を強調しました。教育を受けることによって所得上昇などの経済効果があることに加え、教育の外部効果とは教育を受けた本人だけでなく、医療費の負担が減ったり犯罪率が低下したりするなど、社会全体によい影響を与えることが期待できると言います。
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こうした現状分析を行った後に、小林さんは今後の日本の教育費の方向について「公財政の状況を考えると、教育費の公的負担を増やすことは困難であるので、今後の方向として授業料後払い制度が望ましい」と提案。所得連動型返済という形で公的負担を行い、所得に応じた支払いにすることによって払えない人から取ることはないという点も強調されました。
〈授業料後払い制度〉※小林氏の資料による
○在学時には授業料を徴収せず、卒業後に支払う制度。実質的には学資ローンに近い
○授業料を学生本人が負担することで親負担主義から本人負担主義へと教育費負担観を転換し、親依存を脱却し、学習に対する意欲や責任感が増す
○無償化とは異なり、公的負担を少なくし、かつ教育費の私的負担感を軽減する