2025年9月6日、私は東京都内で開催された「住宅会議2025サマーセミナー」に参加しました。主催者の日本住宅会議は、1981年にロンドンで開催された「国際住宅都市問題研究会議」が採択した「住宅人権宣言」を契機に、住宅問題に関わる学者や研究者、行政機関、一般市民らが参加して翌82年に発足した学際的研究組織です。今回、私がこのセミナーに参加した理由は、テーマが「困難を抱える若者への住まいの支援」だったからで、最近の私の関心に合致した内容を期待してのことでした。
プログラムは4つの報告とパネルディスカッションで構成され、最初の報告は大分大学教育学部教授・川田菜穂子氏による「若者の自立と住まいの保障」でした。川田教授は報告の中で、2000年代以降「若者の自立」が社会的課題となっていること、そして若者の自立には「雇用」と「所得」に加え、生活基盤となる「住宅」の影響が大きいことを指摘。しかし日本の住宅政策や福祉政策において若年単身者は支援対象になりにくく、住宅費の高さが若者の自立を妨げる状況をつくり出している、特に10年以降の住宅価格の高騰は、若い年齢層ほど住居費負担率の増加をもたらしていると示唆されました。
川田教授の研究テーマは、「住宅アフォーダビリティ」(適度な経済負担で、適切な住まいに居住できること)です。21年4月には東京・神奈川・千葉・埼玉に居住する25~39歳の男女を対象にアンケート調査を行い、多くの若者が住宅アフォーダビリティの問題を抱えていることを明らかにしました。
調査結果では「住居費を支払っている」と回答した人のうち26%が、可処分所得に対する住居費負担率が3割以上の過重負担でした。一般的に住居費負担率が3割を超えると、食費や交際費を削るなど、住まい以外の生活に支障が出ると言われています。そして「未婚」と回答した人のうち45%が親と同居しており、その理由のトップは「住居費を自分で負担できない」でした。
住居費が若者にとっていかに重い負担となっていて、親との同居がセーフティネットの役割を果たしているかが、この調査から分かりました。川田教授の報告は、「若者の自立」と「住まいの保障」との関連を、歴史的・構造的に明らかにする内容でした。
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次の報告は、大谷大学社会学部で講師をつとめる岡部茜氏の「若者への民間団体による居住支援調査報告」でした。ソーシャルワークを研究テーマとする岡部氏は、23年8~10月に若者の居住支援を行っている民間団体を対象に「若者への居住支援に関する実態調査」を実施、今回はその調査結果をもとに報告をされました。
それによると調査をかけた11の団体は、すべて15年以降に若者への居住支援事業を開始したそうです。さらに、そのうち6団体は20年4月以降に同事業を始めています。なぜなら若者の居住支援が増えてきた背景の一つには、コロナ禍の影響があるからです。不安定な労働状況にあった若者の貧困や、リモートワークがもたらした家族間の葛藤が表面化し、従来あまり目を向けられてこなかった彼ら若年世代への居住支援の必要性を高めました。また一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)の「休眠預金等活用制度」(18年施行「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」を根拠法とした、入出金等の取引が10年以上ない預金等を用いて子どもや若者の支援などを助成する事業)も、若者の居住支援の増加に貢献しました。それまでの助成金は高齢者や障害者を対象とするものが多く、若者対象のものはとても少なかったからです。
若者の居住支援事業は社会的養護のアフターケア——具体的には、児童養護施設出所者の支援に携わる団体が事業の一環として始めるケースが最も多く、次いで生活困窮者支援事業、居場所づくり事業などの団体からも広まっています。居住支援事業の相談時の生活状況を見ると、「家族が同居する自宅で生活」が最も多く、ホームレス状態ではない若者も数多く支援を受けています。利用者の年齢構成は20~24歳が中心で、児童福祉の対象とならない年齢層に支援の必要性が高まっていることも分かりました。
一方で岡部氏は「若者の居住支援には問題も多い」と言います。例えば居住支援に関する実態調査の「運営に関する課題」という設問では、11団体中7団体が「入居希望者の増加に対する受け入れ体制の不足」という回答を選んでいます。若者がこぞって居住を望むような都市部などには、彼らが低家賃で入れる賃貸物件がそもそも少なく、住居の確保自体が困難となっているのです。また、提供した住居の利用料(家賃)を払えない人の割合について、7割以上と答えたのが2団体、5~7割が1団体、2~5割が3団体、2割未満が4団体となっており、多くの団体が利用者の家賃滞納に頭を悩ませています。中には家賃の肩代わりが必要なケースもあり、運営上の重大課題となっているとのことでした。
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3番めの報告は、NPO法人「サンカクシャ」で居住支援事業マネージャーをつとめる久保菜緒氏の「親や身近な大人を頼れない若者への『居・職・住』の支援」です。サンカクシャは若者の社会参画支援を目的に19年に設立され民間団体で、家庭内DVなど様々な理由で家にいられなくなった若者に対し「居場所」「仕事」「住まい」の相談に応じているそうです。
久保氏は昨今の若者世代の状況について、「単身世帯の増加」「虐待相談件数の増加」そして「非正規雇用の増加」など、複数の困難な状況が重なっていると言います。そうして「スマホ代や家賃などある程度まとまったお金を支払うことが難しく、困窮に陥りやすい状況にあり、虐待を受けていたり、親との不和があったりした時に相談先が見つからないことが多い」とも指摘していました。その中でサンカクシャは、年間200~300件ほどの相談を受けているとのことです。
同団体に相談する若者の年齢は、20~24歳が最も多く47%を占めています。児童養護施設は乳幼児や低年齢の子どもを優先するため、この年齢になると入所できないことも多く、頼る先が見つからない彼らに住まいを提供しているとの実情を報告されました。しかも相談者は虐待を受け続けた結果、精神的に不安定で、発達障害や知的障害があったとしても放置され、気づかず過ごしてきた人も少なくない。「とりあえず早く死ねればいい」と願っていた相談者が、一緒に食事づくりをしたり、出かけたりすることで「楽しい」「生きていたい」と思えるようになるなど、生きる意欲を回復させる支援を大事にしているとのことでした。
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最後の報告は、社会活動家・山本昌子氏の「困難を抱える若者たちの住まいの課題とニーズ —社会的養護経験者の声を聴く—」でした。山本氏は生後4カ月から19歳まで乳児院、児童養護施設、自立援助ホームで育った社会的養護経験の当事者でもあり、社会的養護や虐待経験のある若者を支援する「ACHAプロジェクト」の代表をつとめています。