『白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺』を刊行した朝日新聞南相馬支局記者の三浦英之さんの案内で、沖縄タイムスで基地問題の取材を続ける阿部岳さんが福島を訪れた。帰還困難区域や開館したばかりの東日本大震災・原子力災害伝承館を一緒に見て回った翌朝、同世代の2人の新聞記者が、原発を抱える福島、基地を抱える沖縄について語り合った。
「差別」の根源はどこにあるのか
阿部 福島と沖縄の抱えている問題は、共通点がとても多いと思います。東京電力の社長が、原発被害の当事者に対して「電気をつくることは命を守ることです」と面と向かって言うというのは、沖縄と同じような差別の構造がみてとれる。沖縄では、「安保というのは、国民の命を守るために大切なんだ」と言われています。でも、そのせいで失われたり、傷つけられている命のことはどうなるのか。加害者側なのに正義を名乗るという、歪んだ「差別」の構図があると思います。
三浦 阿部さんがいま沖縄で取材をしている中で、「差別」というのはどういうときに感じますか? 基地は迷惑施設であると思いますが、基地の存在が「差別」であるというのは、多くの人には理解できていない気がします。
阿部 沖縄でも、「差別」というのは強い言葉です。「差別」される側がその言葉を使うことには「痛み」も伴う。でも、これほど沖縄の人が米軍基地は嫌だと言っているのに、ほかの都道府県で引き取るところがなくて、沖縄に押しつけている現状を見ていると、やはりこれは沖縄に対する「差別」だなと私は感じます。こうした構造を可視化したのは、鳩山政権のある意味の功績で、この10年ぐらいの大きな変化でした。保守系だった仲井眞弘多元知事も「差別」という言葉を使っていて、沖縄の中では基地問題を「差別」の構造でとらえるというのは、一般的になりつつありますね。
三浦 僕は「差別」というよりは、多数派と少数派ということの認識の違いなんじゃないかという気がしています。「多数派は正義だ」という認識が、いま、この国ではなぜかつくられようとしている。本来、少数派と多数派というのは数の違いでしかなくて、どちらに正義があるかというのは、数だけでは決まらないはずなんです。それなのに、多数派を守るためには、少数派は犠牲になるべきだという認識がどこかで広がろうとしている。それが、沖縄と福島の共通する課題なんだと思います。首都東京を栄えさせるために、地方は我慢を強いられている。僕がいま一番問題だと思うのは、大多数がそれに無自覚なことです。東京で電気を使っている人が、福島の人にこんなにつらい生活を強いているということを、たぶん多くの人は感じていない。気づけていない。それこそが、阿部さんの言う「差別」のようなものの根源じゃないかなと思います。
阿部 僕は知らないふりをしているだけじゃないかとも思います。たとえば、沖縄の基地が本土に移るかもしれないと言ったら、猛烈な反対が起きる。それは、基地が危険だと知っているからですよね。
三浦 原発にも同じような構図はありますね。東京電力の福島第一原発でつくっていた電気は、福島ではなくてすべて東京方面に送られて、関東一円で使われていました。福島は東北電力の管内だから、福島の人は、福島第一原発の電気は使っていない。このことを知らない人がとても多いと思います。ではなぜ、東京電力は自分たちの管内に原発をつくらずに、福島とか、あるいは新潟という東北電力管内に原発をつくったのか。表向きの理由はいろいろあるだろうけど、最大の理由は危ないからですよね。100%安全だったら、東京近辺にだってつくれるわけですから……。
翁長知事と馬場町長
三浦 沖縄は「基地」という迷惑施設を押しつけられながらも、自分の場所を守るために闘っている。でも、そうやって闘っている人に対して、平気で泥を投げつけるようなことをする人がいる。それは、あまりに卑怯な行為だと思います。
阿部 そうですね。自分たちの生活や故郷を守るために、闘わざるをえなくて闘っている人に対して、それを「活動家」などと批判するのは、本当に卑劣だと思います。たとえば、前沖縄県知事の翁長雄志さんは自民党の人だったけれども、沖縄の民意を代表する政治家としては、国と闘わざるをえなかった。『白い土地』に出てきた福島県浪江町の馬場有町長の話も、読んでいると翁長さんと似たところがあって本当に悔しく思います。
三浦 馬場さんも自民党から浪江町長になった人で、震災前には原発を誘致していた原発賛成派でした。ところが震災のあとに180度方針を転換して、町民の先頭に立って国や東電と闘った。そういう姿は、翁長さんと重なりますね。馬場さんは2018年の6月、翁長さんはその2カ月後の8月に亡くなった。二人とも安倍政権との軋轢が激しくて、しかも、さまざまな批判が集中した。精神的にも傷だらけになっていたんだと思います。
阿部 馬場さんも翁長さんも、最後はがんを患って二人とも同じように痩せ衰えていましたね。翁長さんは国に殺された、と思っている沖縄県民も少なくありません。