語ることができない福島
三浦 沖縄戦によるPTSDと福島原発事故によるPTSDの患者を両方診てきた精神科医の蟻塚亮二さんによると、福島の人々のつらいところは、「語れない」というところにあると言います。なぜかというと、一つは、ずっと住んでいた集落に住めなくなって、誰も知り合いがいない町に突然移住せざるをえなくなり、孤独になって話し相手がいないから。そしてもう一つは、放射能への不安について話せないということです。誰かに自分の恐怖感について語ったら、相手から「そんなの『放射脳』だよ」「正しく恐れなきゃダメだよ」と言われて、バカにされるんじゃないかという不安がある。それがどんどん内心を蝕んで、精神的な障害を引き起こしてしまう。怖いという感情は生理的反応だから、それを否定する権利はだれにもないと僕は思います。それなのに今も「正しく恐れるべきだ」という意見が数多く聞かれる。怖いという感情には本来、正しいも正しくないもないはずなのに……。
阿部 福島は加害者側がすぐ近くにいて、がんじがらめになっているなと思います。身内に東電の社員がいるとか、下請けや孫請け会社に勤めているとか、地域の深いところにまで入りこんでいる。沖縄だと、もう少し加害者は遠いんです。もちろん、基地従業員がいて、それから土地を貸して地代をもらっている人はいます。だけど、そういう人々は直接の加害者ではない。
三浦 3年半福島で取材をしていて、考えれば考えるほど、絶望的な気持ちになるときがあります。メルトダウンによって生まれた、放射能が極めて高いデブリをどうやって取り出せばいいのか。あるいは、取り出したあと、どこに持っていけばいいのか。建屋の老朽化にどう対処すればいいのか。問題は山積みです。しかも汚染土も保管しなきゃいけない。中間貯蔵施設に反対したとしても、どこへ持っていけばいいのか。さらに汚染水は、どんどん増えていくわけです。デブリの問題は、あるいは100年後も解決していないんじゃないかと思うと、この絶望はとても深いですね。
「土地」の記憶
阿部 今回の本のタイトルにもなってる「白地」(しろじ。住民の帰還の見通しが立たない地域)と米軍基地というのは、どちらも故郷を奪われていて、立ち入れないという共通点があります。浪江町長の馬場さんが取り返したかったのもやっぱり故郷の土地だろうし、沖縄県知事の翁長さんが取り返そうと思っていたのも、戦後取り上げられて帰れなくなった土地でした。基地の中にお墓があって、お墓参りをするために米軍の許可を取らないといけなくて、場合によっては許可が下りない。『白い土地』を読むと、欠落した土地がいかに人の心にダメージを与えるのかがわかります。
三浦 原発事故というのは、国や電力会社が放射能で土地を汚し、賠償も、避難も、中間貯蔵施設の土地の借り上げ交渉も、すべてが土地につながる物語なんです。なぜここに原発をつくったのかというのも、土地の話。土地とは何かっていう根源的な問いについて、ずっと考えているのですが、実は僕は個人的にはこの10年間に9回も転勤・転居を繰り返していて、土地というものに対する理解がうまくできなくなっているんです。
阿部 『白い土地』を読んでいて、土地というのは、コミュニティのことじゃないかと感じました。
三浦 だけど、今はもう、あそこにコミュニティはない。
阿部 でも、思い出はあるんじゃないのかな。たとえば第1章に登場する木村紀夫さんの場合は、亡くなった妻と娘とともに、みんなであそこで楽しく暮らしたという記憶は残っていますよね。
三浦 そうか……。そう考えると、沖縄の人も、自分たちの土地で楽しく暮らしていたのに、そこが異国の軍隊に蹂躙(じゅうりん)されているという切なさがありますね。
阿部 福島はまだ10年しかたっていないけど、沖縄の場合はもう、60年、70年前になりつつあるから、直接覚えている人が少なくなっているという問題はありますね。自分も東京から来たよそ者だから、土地については、現地の人たちのことを想像するしかない。自分がよそ者としてできる最大限のことは、聞いた話をなるべく外に伝えるということなのかもしれません。
分断された人々
三浦 福島は、僕にとっては分断の現場でした。分断の原因となっているのは、一つはお金です。賠償金の有無や金額の違いが、住民の絆と心をズタズタに引き裂いてしまった。さらに、帰れる地域と帰れない地域が生まれた。被害にあった人たちがそうやって細分化されてしまって、お互いに睨み合うようになってしまった。それが、福島を本当に不幸に陥れたと思っています。
阿部 分断するというのは、統治の一つの手法です。沖縄の場合は、名護の漁師さんが辺野古の海の漁業権を放棄するために数千万円の補償金をもらっていて、突然いい車を買ったりする。あるいは、名護市の「辺野古」など3つの行政区には、地元として補助金がたくさん入ってくるけれども、同じ東海岸でもそれ以外の10の行政区にはほとんど入ってこない。そうやって沖縄でも政府が分断を助長しています。