初夏の風が肌をなでてゆきます。「環境農家」を目指している「オーレリアンの丘」から望む比良山地(ひらさんち)や棚田は鮮やかな緑に包まれて、眺めているだけで心が落ち着きます。
この頃、ちょっと風変わりなアゲハチョウが姿を見せます。それは、ウスバシロチョウ。翅(はね)が全体に白色をしているので白蝶(しろちょう)という名前がついていますが、アゲハチョウの仲間です。別名ウスバアゲハとも言います。
この蝶は、私にとって小学生の頃からのあこがれでした。図鑑でその存在を知りましたが、初めて標本を見たのは京都の貴船(きぶね)でした。貴船神社を越え、貴船川に沿って谷あいを登って行くと、一番奥に茶店がありました。数人も座れば満員になるような小さな店なのですが、土産物の上の壁に蝶の標本が飾ってあり、その中にウスバシロチョウが並んでいたのです。店主のおじさんが収集家で、この蝶は全部、貴船で捕ったのだと自慢していました。
「ウスバシロチョウを見たいなら5月に来なさい」とアドバイスしてくれました。そこで、翌年、新緑の頃に現地を訪れたのですが、お天気のせいか、残念なことに、蝶に出会うことはできませんでした。
生きているウスバシロチョウに初めて出会ったのは、中学生の時です。場所は比良山地の北側。私のアトリエから眺めると山の裏側方向になります。それ以来、いろいろな場所を散策して、滋賀県の湖北地方では決して珍しくない蝶であることも知りました。わざわざ京都まで行かなくても地元の近くにいてくれたのです。親近感を覚え、私はウスバシロチョウがますます好きになりました。
ウスバシロチョウは、林に近い草原などをフワフワと飛翔します。そのおっとりした飛び方は、アゲハチョウの仲間だとはとうてい思えません。知らない人が見たら、ただのモンシロチョウだと思うに違いありません。体をよく見ると、胸部や腹部は毛に覆われていて、触角も口吻(こうふん)も普通のアゲハチョウと比べると短くなっています。翅はガラスのように半透明で鱗粉(りんぷん)もつきにくいです。また、氷河時代を生き延びてきたアゲハチョウの祖先として知られており、小さな体の中に壮大な物語を秘めている蝶でもあります。
しかし、驚くのは姿だけではありません。捕らえて体のにおいをかぐと、甘ったるい花の香がするのです。ウスバシロチョウを観察する時には、手に触れることができるように捕虫網を持参したほうがよいと思います。これまで何度も接している私のウスバシロチョウの印象は、「5月の草原の匂い」そのものなのです。
今年も香り高い蝶が舞う季節がやって来ました。
「環境農家」
農地は作物を収穫するだけでなく、生きものの棲み家でもあるという考えのもと、生物多様性の回復を目指して荒れた農地を開墾する今森さんの取り組み。
「オーレリアンの丘」
仰木地区の光の田園を望む小高い場所にある農地。生物多様性を高めるための農地を目指して環境づくりを行っている。