真冬だというのに、今年は雪の降る量が少なく感じます。アトリエから眺める比良山(ひらさん)の頂も張り詰めたところがなく、まるで春のようにおだやかです。
私の母が小さかった頃は、体感温度は今よりも低く、1月2月は比良山の裾野までが雪で白くなったそうですが、私自身は、全身純白の比良山には未だにお目にかかったことはありません。積雪の多い年でも、山の麓は枯れ色が顔を見せています。地球温暖化は何十年も前から、じわじわと進んでいたのかもしれません。
とはいうものの、冬枯れの中で出合う春景色はやっぱりうれしいもので、心がざわつきます。そんな感覚を刺激する風景の筆頭は、菜の花畑でしょうか。
「寒咲花菜(かんざきはなな)」という菜の花を知ったのは、今から25年前、琵琶湖水系の取材で湖岸道路を車で走っていた時のことです。真冬だというのに、信じられない風景に出合いました。目の前に広がっていたのは、菜の花の黄色い絨毯と雪をかぶった比良山の雄姿。滋賀県とは思えない風景に息をのみました。
この場所を何度も通っていたのに、今までどうして気づかなかったのでしょう。不思議に思ってちょうど作業をされていた老人に尋ねると、その年から市の依頼で、シルバー人材センターの人達が栽培を始めたということでした。なんと、その年初めて現れたできたての風景と運よく対面したのです。よく晴れたのどかな日で、春先取りの風景を満喫し、その場所で数時間を過ごしたのですが、カメラを持って写真を撮っていたのは私だけでした。
この日に撮影した菜の花畑の作品は、その年の暮れに出版した写真集『里山物語』に掲載しました。1995年のことで、この風景が全国的な印刷媒体に発表されたのは、これが初めてのことだったかもしれません。 それから数年後、私は晴天の真冬の日に、この場所を再訪しました。するとどうでしょう。そこには、多くの人が観賞に来ていました。カメラマンも10人以上はいたと思います。情報が伝達されやすくなった昨今、しかたのないことですが、のんびりと風景をひとり占めできた時のことを懐かしく思い出しました。
この風景と最初に出合ったあの時、老人から聞いた真冬に咲く菜の花、「寒咲花菜」の種を手に入れ、アトリエで栽培するようになり、以来、毎年、種子を採取しています。
私は、農地は作物を収穫するだけでなく、生きものの棲み家としても捉えています。最近では自ら「環境農家」と名乗り、生物多様性の回復を目指して荒れた農地を開墾していますが、そこにも寒咲花菜を植えました。
考えてみれば、40年以上前、滋賀県大津市に広がる仰木(おおぎ)の棚田地区で、比良山が真っ白な時に菜の花を見た記憶があります。あれはきっと寒咲花菜だったに違いありません。春を先取りするこの風景をもっと増やしていきたいものです。
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