今年は日本海側で大雪に見舞われたものの、アトリエのある滋賀県大津市界隈では、雪が大変少ない冬となりました。比良山系の頂(いただき)が白くなっても、すぐに雪が解けてまた黒々となり、迫力のない姿でした。
そんな冬も終わりに近づき、やっと春の足音が聞こえてきました。風はまだちょっと冷たいですが、太陽の光はほのぼのとしていて、肌に受けると気持ちがいいです。
アトリエの庭では、オオイヌノフグリやホトケノザがたくさん咲きだしました。地面には土の小山があちこちに盛り上がっています。これはモグラの仕業で、地中で巣の拡張工事をした残土を押し上げているのです。冬の終わりから早春にかけては、畑地全体でも見られます。
この時期、視線を下げて注意深く観察すると、モグラがつくる小山のミニチュアのような、土の小さな盛り上がりもたくさん見られます。アトリエを訪れた人が「これもモグラですか?」と聞いてきますが、実は小さめの小山の方はクロヤマアリの仕事です。やはり拡張工事の跡なのですが、よく見ると噴火口のような窪みがあり、その真ん中に小さな穴が空いています。辛抱強く待っていると、やがてアリが顔を出します。クロヤマアリは里山では最も普通に見られるアリです。よく似たアリに少し体の大きなクロオオアリがいますが、クロヤマアリの方がクロオオアリよりも春は1カ月くらい早く活動します。両者とも日当たりの良い乾燥した地面が好きなので、アトリエの庭は彼らの天国となっています。
クロヤマアリは、花の蜜が大好きです。春は背丈の低い花が多いので、地面を歩き回るアリにはもってこいのレストランとなります。中でも群生するオオイヌノフグリなどは貴重です。水色の大皿の上のごちそうに舌鼓をうつ愛らしい姿は、クロヤマアリが棲んでいる場所であれば簡単に観察できます。
畑に寝そべって何時間も撮影していると、予期しないハプニングに遭遇することもあります。ある時、オオイヌノフグリの大皿の上にクロヤマアリが脚をかけて、よっこいしょと登った瞬間、花がぽろりと茎から外れてしまいました。アリは花を抱きかかえたまま地上に落下。もちろん、アリの体重は軽いので怪我はないのですが、慌てて立ち去る姿がとても滑稽でした。こんなまるでイソップ物語のような光景に出合えるのは、低い視線で生きもの観察に没頭したからこその醍醐味かもしれません。
クロヤマアリは春たけなわになると行動半径が大きくなり、アリマキが群がる背の高い植物なども訪れるようになります。そして、女王アリが巣分かれをする季節になる頃、木々の葉が広がり、雑木林は緑のベールに包まれます。
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