空気が温かく膨らんできました。お天気がよい日は、田んぼの土手に座ると本当に気持ちがいいです。土手からは「光の田園」が見渡せます。あぜ道が幾重にも延びる穏やかな風景を眺めていると心が和みます。
土手にはタンポポが咲いています。よく見ると、黄色いお花畑の上を小さなチョウがしきりに飛び交っています。紅色に黒い縁取りと紋様の翅(はね)をもったベニシジミです。ベニシジミは、10円玉ほどの大きさのシジミチョウの仲間で、春になると一番早く登場します。特にこの頃の個体は羽化して間もなく、翅の紅色(朱色)はとても鮮やかです。
このチョウがタンポポの花にとまった時の美しさといったら、何と表現すればよいのでしょうか。色彩のコントラストが何とも絶妙で、とても感動します。白や黄色や青色のチョウは何種類かいますが、紅色のものは大変少ないので、春を彩るチョウとして貴重な存在です。
ベニシジミは、一年に何回か世代を繰り返します。夏に出てくるものは、翅の紅色の部分が春の個体とは違って黒っぽくなり、「夏型」と呼ばれます。まるで衣替えをしているようで、何とも律儀なチョウではありませんか。
ベニシジミは、明るい所が大好きです。田んぼや畑に多く集まり、雑木林ではほとんど見かけません。これはベニシジミの幼虫の餌が、日当たりのよい土手やあぜに生えているスイバやギシギシの葉であることに関係しています。スイバやギシギシは夏に林床が暗くなる雑木林では見かけません。土手やあぜでも乾燥している所ではあまり見られず、北斜面の谷間などでも、日照時間が少なくなるので見かけなくなります。すごく普通に見られる植物なのですが、詳しく調べると意外に生えている場所は限られてきます。
ベニシジミに近い仲間は、日本だけでなくユーラシア大陸や北アメリカに広く分布しています。イギリスやヨーロッパの蝶類図鑑を見ても必ずベニシジミが登場します。これらの土地でも愛好家の中ではきっとベニシジミは人気者なのでしょう。北アメリカにいるものは、植民地時代に食草と一緒にヨーロッパから入ってきたものだとも言われており、なかなかたくましいチョウです。食草の一つであるスイバは、農地など自然のバランスがやや崩れた環境を好むため、開拓された大地でも繁殖できたのでしょう。
日本でも、スイバやギシギシは草刈りが行われる管理された土手やあぜに見られます。特に人の手が入った冬の土手は、太陽の光が地表近くまで届くので、越冬するベニシジミの幼虫にとっては好都合。
ベニシジミの元気な姿が見られるのは、健全な農地が残っている証でもあるのです。
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「光の田園」
アトリエのある滋賀県大津市仰木地区の谷津田の愛称。美しい棚田が広がる。
食草
ある昆虫が餌としている植物。