田植えのピークを迎えています。田んぼの水面には空の雲が映り、小さな早苗が風にそよぎます。この時期の「光の田園」は何とすがすがしいことでしょう。「光の田園」とは、滋賀県大津市仰木(おおぎ)にある棚田エリアで、私が長年通っている浅い谷間です。アトリエもこの谷に面しているので、私は長年、定点的にここの風景を眺めてきたことになります。
5月はアマガエルやシュレーゲルアオガエルの合唱で心が癒やされます。そして、数ある初夏の花の中で視覚的に晴れやかな気持ちにさせてくれるのは、ノアザミではないでしょうか。
ノアザミは里山ならどこにでも見られますが、近年は花が見られる場所がだんだん少なくなっているように思います。田んぼの土手やあぜ道などに多い植物ですが、区画整備などで田園全体が乾燥してしまうと姿を消してしまいます。草原の植物なのですが、やや湿った場所を好むようです。その点、昔ながらの田んぼは1年を通して山水をたくさん含んでいるので、ノアザミにとっては天国のような場所なのでしょう。
アトリエの土手や「オーレリアンの丘」では、毎年たくさんのノアザミが咲いてくれてうれしくなります。ノアザミが咲いていると、蜜を求めてさまざまな昆虫がやってくるので心がワクワクします。私にとってこの花は、小さな命に出会えるシグナルのような役割をしているようです。
アトリエではキンポウゲの黄色い花に交じってノアザミが咲きます。ノアザミを目指して早朝真っ先にやって来るのは、ダイミョウセセリという蝶です。セセリチョウの仲間なのですが、翅(はね)を広げた珍しい独特のポーズで蜜を吸います。その後、アゲハチョウの仲間やヒョウモンチョウの仲間が続々とやって来ます。
ひっそりと花にしがみついているのは、キリギリスの幼虫です。こちらは、蜜よりも花粉がお目当てのようです。接近してよく見ると、大顎を動かして雄しべをしごいて食べているのがよくわかります。マルハナバチやコハナバチやミツバチなどの花蜂の仲間も集まって、1日中せっせとノアザミの花で何やら仕事をしています。
太陽が山の稜線に姿を隠し、辺りがほの暗くなってくると、ノアザミの花が紫色に見えてきます。黄昏時の青い光が混ざり合うからでしょうか。この時間帯のノアザミもとても綺麗です。周辺の景色が暗くて見えづらくなった時に花の一つ一つをよく観察すると、何とこんな時間にもお客さんが来ているではないですか。ホバリングしながら長い口吻(こうふん)を伸ばしてしきりに蜜を吸っています。これはコスズメという蛾です。こんな時間にノアザミを眺めている人は少なく、日没後の生き物の行動が見られるのは私にとっても貴重な体験です。
ノアザミは春の終わりから初夏をつないでくれる重要な植物。大切にしたいものです。
「オーレリアンの丘」
仰木地区の「光の田園」をのぞむ小高い場所にある農地。生物多様性を高めるための農地を目指して環境づくりを行っている。