手動真空吸引法は、子宮に愛護的で簡便といわれ、局所麻酔で行うことも可能です。日本で手動真空吸引法に使用するキットが発売されたのは2015年と、海外から何十年も遅れてようやく導入されましたが、キットの価格の問題や医療者側の認識の問題が普及を阻んでいる可能性が考えられます。手動真空吸引法のキットは海外では本体が繰り返し使える安価なマルチユース製品もありますが、日本で認可されているのはシングルユース(使い捨て)製品のみで、約2万円といわれています。中絶は保険適用がないため、キット代の分、高額になることもあります。
21年7月、厚生労働省は、中絶・流産手術についてWHOが電動吸引法か手動真空吸引法を推奨していることを周知するように、日本産婦人科医会と日本産科婦人科学会に向けて異例の通達を出しています。しかし、日本産科婦人科学会の理事長は「長年、掻爬法で行ってきた医師が急に方法を変えることは、慣れておらず、かえって安全性が劣る場合も起こり得る」と新聞にコメントしました(2021年7月20日「東京新聞 TOKYO web」)。
経口中絶薬については、日本で未承認のため、選択することができません。経口中絶薬は、WHOの必須医薬品(人口の大多数の人が健康を保つために必要不可欠で、誰もがアクセスできる価格で提供されるべきもの)に指定されており、主に妊娠を維持するホルモンを抑える作用のミフェプリストンと、主に子宮を収縮させる作用のミソプロストールの2種類を併用することが推奨されています。まずミフェプリストンを服用し、その1〜2日後にミソプロストールを口腔内で一定時間溶かしてから服用します。腹痛と性器出血が生じるので、鎮痛薬を併用しながら、子宮内の妊娠組織が排出されるのを待ちます。ミソプロストールを服用した数時間後から出血などの症状が始まり、約1日で排出が完了するといわれています。なかには排出の完了まで1〜2週間かかることもあり、その場合は女性の希望に応じて医療機関が対応します。WHOによると、経口中絶薬の平均価格は約740円であり、海外では、遠隔医療での処方も始まっています。
日本では、21年中に中絶薬の承認申請が行われる見込みですが、治験に関わる大学教授の産婦人科医は「病院経営の観点から薬による中絶も手術と同等の価格設定となる可能性がある」と新聞にコメントしています(2021年4月20日「毎日新聞」〈ウェブ版〉)。今後日本で経口中絶薬が承認された場合、どのような価格になるのか、どのような運用がされるかはまだわかっていません。
海外では、ミソプロストール単独での中絶も行われており、WHOやFIGO(国際産婦人科連合)は投与量などの詳細をウェブサイトに公開しています。日本ではミフェプリストンは認可されていませんが、ミソプロストールは1993年から発売されています。しかし、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の治療薬として認可されているのみで、中絶や流産に対する適応はなく、妊婦への使用は禁忌とされているのです。
経口中絶薬については、医療者から、「病院で、短時間で終わる手術の方が、経口中絶薬を使用するよりも、女性の負担が少ないのではないか」という意見を聞いたこともあります。けれども、それは医療者が勝手に決めることではないと私は思います。手術については、掻爬法ではなく安全な方法として推奨される真空吸引法が行われることが前提になりますが、手術で中絶をしたいのか、経口薬で中絶をしたいのかについては、適切な情報を提供された上で、女性自身が選択できることが大切ではないでしょうか。身体的な健康だけでなく、精神的な健康、社会的な健康を守る視点が必要です。適切な情報とサービスが提供されて、自分の体のことを自分で決められる、性と生殖に関する健康と権利(Sexual Reproductive Health & Rights、略称SRHR)を尊重することが医療者の役割であるはずです。
また、費用面については、中絶が非常に高額であり、中絶という行為への「ペナルティ」なのではないかと感じる人もいると思います。
日本において中絶は保険適用外で自由診療のため金額は医療機関ごとに異なりますが、初期中絶は、全額自己負担で約10〜20万円です。胎児の心拍が止まった流産の場合でも、中絶と同様の手術を受けることがありますが、その場合は保険適用で自己負担は約2万円です。
WHOは中絶について「女性及び医療従事者をスティグマ及び差別から保護するために、公共サービス、または公的資金を受けた非営利のサービスとして、医療保健システムに組み込まれなければなりません」と提言し、安全な中絶へのアクセスを妨げる要因として、高額な費用などを挙げています。残念ながら日本の中絶をめぐる状況は、方法についても費用についても世界標準からかけ離れていると言わざるを得ません。
中絶に関連する法律と配偶者の同意問題
日本には、明治時代に定められた刑法にもとづく堕胎罪が存在しますが、母体保護法の条件を満たした場合は違法性が阻却されるので、事実上、中絶が合法となっています。母体保護法では、中絶には「本人の同意及び配偶者の同意」が必要であると定められています。ここでいう「配偶者」とは、婚姻関係にある相手か、事実上の婚姻と同様の関係にある相手を指します。配偶者の同意については、「配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる」と記されています。つまり、配偶者や事実婚の相手がいない未婚の女性の場合は、妊娠の相手である男性の同意は法律上不要です。
ところが、医師によっては「配偶者」という文言を拡大解釈し、未婚であっても、法律上不要な男性の同意を求めるケースがあり、様々な問題を引き起こしています。