日本の学校で使われている教科書には、「性的同意」とは何かを学習する内容はありません。教科書になくても、子どもたちの現状から「性的同意」のテーマを授業で扱っているという教員はいます。一方、性教育の国際的な到達点の一つとして、包括的に性を学ぶ、包括的教育があります。これはユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(邦訳はユネスコ編、浅井春夫ほか訳『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】』〈2020年、明石書店〉)に詳しくまとめられています。ここでは8つのキーコンセプトで学ぶ包括的性教育が紹介されています。扱う内容としては、からだのことはもちろん、人権を基盤とした人間関係のつくり方、ジェンダーの問題や多様性の尊重まで幅広く、対象年齢は5歳から18歳以上ですが、大人が読んでも多くの学びを得られると思います。
キーコンセプト4の「暴力と安全確保」には「同意、プライバシー、からだの保全」という項目があり、5~8歳で「誰もが、自らのからだに誰が、どこに、どのようにふれることができるのかを決める権利を持っている」、9〜12歳で「望まない性的な扱われ方とは何かを知り、成長に伴うプライバシーの必要性を理解することは重要である」、12〜15歳で「プライバシーと、からだの保全の権利を誰もがもっている」「誰もが、性的な行為をするかしないかをコントロールする権利をもち、またパートナーに積極的に自分の意思を伝え、相手の同意を確認すべきである」、15〜18歳以上で「健康で、よろこびのある、パートナーとの合意したうえでの性的行動のために同意は不可欠である」「同意を認識し、同意を伝える能力に強く影響を与える要因(アルコールや薬物、ジェンダーに基づく暴力、貧困、力関係)に気づくことが重要である」という、鍵となる概念を学びます。
また、キーコンセプト5の「健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル」では「コミュニケーション、拒絶、交渉のスキル」という項目があり、やはり発達度合いに応じて、明確な意思表示が幸せな関係性の構築につながること、すべての人が自分の意見を表明する権利があること、自分の境界線を表現し他者の境界線を理解する重要性、意思を伝える効果的な方法や他者の意思表示に耳を傾け敬意を払う方法などを、知識だけではなく具体的な実践と共に学んでいきます。
残念ながら、多くの日本の学校では、このような包括的な性教育は行われていないのが現状です。デートDV防止を目的とするビデオ観賞の際、「イヤなときははっきり言おう」などと教えられることはありますが、単にそれだけでは実際に被害に遭ったとき、「イヤと言えなかった自分が悪い」と自らを責めることにもなりかねません。ですから、「対等な関係とはなんだろう」ということを話し合ったり、自分のバウンダリーについて子どもたちに考えてもらったりすることが非常に重要です。でなければ、「性って怖い」「気をつけないと」で終わってしまうと思います。
性は怖いものではなく、幸せな人生や人間関係をもたらすものであること、相手とのポジティブな関係をつくる大切さや、何かあったら相談していいし相談する場所もあるんだということも、丁寧に伝えていかないといけないと思います。
――性的同意にコミュニケーションが大事だということはわかりましたが、やはり言葉で気持ちを伝え合うのはハードルが高いと感じてしまいます。
阿吽(あうん)の呼吸で物事を運ぶことが求められがちな日本では、言葉を使って他者と対話しながら関係を築いていくということに対して苦手意識を持つ人は多いかもしれません。しかし今は、これだけグローバル化が進み、インターネットで海外の人ともコミュニケーションをとっていける時代です。そうした時代に生きているのですから、お互い違う人間であるということを前提に、自分と相手の人権を尊重しながら対話を重ねて関係を作っていくということに、やはり取り組まざるを得ないと思います。性的同意も、そのひとつです。
確かに、同意やバウンダリー、人権という言葉は頭に入ったとしても、性的同意を実践していくのは簡単にできることではないと思います。だからといって、すぐに諦めて投げ出していいというものではありません。言葉を使って関係をつくるには、やはり時間がかかります。なんでも合理的に時短で進めていくことが良いという価値観の中で生きていると、もどかしい、面倒だと感じるかもしれません。けれども、そういうままならなさはある意味、人間関係の面白さでもあります。そこを理解できるのが成熟した大人ではないでしょうか。