「自分はなんでもやります。だから、インティマシー・コーディネーターは必要ありません」という俳優もいます。でも、本当に「なんでもやれる」かどうかはまた別の話ですし、自分はよくても相手役はどうなのか、という問題も残ります。「あなたがなんでもやれるのはわかっていますが、できる・できないではなく、何をやりたいのか、何をやりたくないのかを教えてほしい」と細かく質問していくと、「全部平気だと思っていたけど、実は嫌なことがけっこうありました」と話してくれる方も多いですね。
私が月に一度、俳優を対象に行っている無料のワークショップでも、自分のバウンダリーを把握するチェック表を作り、参加者に取り組んでもらっています。何が嫌なのかがわかっていれば、嫌なことに対して「それはできません」と言えます。撮影の後で「今まで気づいていなかったけれど、あれは嫌だった」と傷つくことも減るでしょう。自分のバウンダリーを知ることで、より安全に仕事ができるということを、草の根レベルで広めていきたいですね。
「大丈夫」と言われたときこそ慎重に
――映画業界の中には、「自分たちは十分気を付けて撮影しているし、今まで問題は起こらなかったのだから、インティマシー・コーディネーターは必要ない」という制作側の声もあるようですが、そのことについて、どう思われますか。
まずお伝えしたいのは、現場にはさまざまなパワーバランスが働いていて、本当は嫌でもそう言えないときもあるということです。プロデューサーや監督から要望を受けて、俳優やスタッフがすぐに「ノー」と言えるかどうか、「パワー」を持つ側はなかなか気づきません。プロデューサーや監督に直接言えないことを代わりに伝える、私たちのような第三者の意義は、その点にあります。
日本では「大丈夫?」と聞くと、必ずと言っていいほど「大丈夫です」と返ってきますが、それが言葉通りなのかどうか、判断することは非常に難しいんです。私自身、「大丈夫です」と言っていた俳優に、後から「インティマシー・コーディネーターがいても、やりたくないことをやらされるんですね」と言われ、ショックを受けたことがありました。でも、もしかしたら私が「大丈夫」と言わせるような状況を作ってしまっていたのかもしれません。「大丈夫」という言葉が出たときこそ、慎重に聞き取っていかなければならないと思っています。
――言葉だけではなかなか判断できないとなると、どうすれば本当に「大丈夫」とわかるのでしょうか。
「大丈夫」と言っている人に対して、「本当に? 本音は嫌なんじゃないの?」と問いただすのも違う気がしますし、難しいですよね。
最近、表情や姿勢、しぐさなどの非言語表現から感情を読み解くスキルが学べる国際ボディランゲージ協会の認定講師資格を取得しました。言葉以外での同意の取り方を知りたいと思って、養成講座を受講したのですが、人の本心を映し出す「微表情」と呼ばれるものは0.2〜0.5秒しか出ないのだそうです。相当の経験がないと読み取れないことがわかり、やはり言葉で確認していく方法が一番安全だと改めて思いました。
しぐさや表情などの誤読は、日常生活でも起こりがちです。たとえば男女で食事に行った帰りに男性が手をつないできて、女性の側は「ちょっと嫌だな。でもまあ、駅までだから我慢しよう」と、そのままにしていたら、男性の方は喜んでいると勘違いして、次のステップに進もうとしてしまったり……そういう勘違いはいくらでもありますよね。
――今の例で言うと、男性は「手をつないでいい?」と聞かなければならなかったということですね。
そうです。「手、つなぎたいな」と手を出してみて、相手が握ってきたらOKだとか、相手の気持ちをきちんと確認する方法はいろいろとあると思います。
そうやってひとつひとつ同意を取っていく描写を、映画やドラマのシーンに入れていくことも大切だと思っています。「そんなことをしたら、説明過多になる」「ロマンティックな雰囲気が壊れる」と言われてしまうことも多いのですが、ロマンティックだと思っているのは自分だけかもしれません。演出側が「胸キュンポイント」だと思っている、ちょっと強引な行動も、観ている人によっては「怖い」と感じることもあるのです。「相手が『嫌だ』と言っているのに性的な触れあいを進めたら、性加害になりますよ」ということは、いつも伝えています。
世界では「同意は大切だ」という認識が常識となりつつあり、『白雪姫』や『眠れる森の美女』の「王子による同意なきキス」についても疑問の声が上がっています。欧米では子どもに同意やバウンダリーについてわかりやすく教える本がたくさん出ていて、日本語でも読めるもので私も活用しているのは『国際化の時代に生きるためのQ&A④ 合意ってなに? なぜだいじなの?』(ルイーズ・スピルズベリー/ヤズ・ネジャディ著、小島亜佳莉訳、創元社、2018年)です。日本でもこうした本がもっと増えていってほしいですね。
「阿吽(あうん)の呼吸で気持ちを察するのが日本文化だ」という声も聞きますが、そのままでは世界の流れに取り残されてしまうでしょう。リスキーな表現によって訴訟を起こされたり、作品が世に出せなくなったりする可能性もあるのですし、それで本当によいのかどうか、作り手の側にいる人たちには、ぜひ考えてほしいと思います。
インティマシー・シーン
intimacy=親密、という意味。インティマシー・シーンとは、性的描写や水着以上の肌の露出があるヌードシーン、未成年のキスシーンなど性的なことにかかわる場面のこと。なお成人のキスのみのシーンは立ち合いがなくてもよい。