映画などのインティマシー・シーンを安全に撮影するための調整を行うインティマシー・コーディネーターという職業が、今、注目を集めている。背景には、性やハラスメントに関する意識の世界的変化がある。インティマシー・コーディネーターが撮影現場で心がけていることは多岐にわたるが、中でも、すべての撮影関係者から、心からの「同意」を得られるかどうかは、ハラスメントの加害者・被害者を生まないためにも必要なことだ。そしてその知識は、私たちの日常生活でも大いに参考にできるのではないだろうか。インティマシー・コーディネーターの西山ももこさんにうかがった。
◆【インティマシー・コーディネーターってどんな仕事?(前編)~性的シーンの撮影現場を「加害の場」にしないために必要なこととは】はこちら!
自分の「バウンダリー(境界)」を知る大切さ
――インティマシー・コーディネーターとして撮影現場に入り、俳優の要望や、「この表現は問題があるのではないか」という西山さんの懸念を制作側に伝えるとき、抵抗されたり拒絶されたりすることはないのでしょうか。
最初は私も、そうした反応があるのではないかと身構えていたんです。でも、そういうことはほとんどないですね。仮に、「男はこう、女はこうあるべきだ」という固定的性役割を強化したり、多様な性を持つ人を差別したり、性加害につながったりするような表現があったとします。たいていの場合、あえての表現というより、作り手の側は無意識で、ネガティブな意図を持っているわけではありません。「今の時代に、この表現で大丈夫ですか」「女性目線から言えば、これは愛情表現にはなりません」などと説明すると、受け入れてくれることが多いです。私の指摘をどう判断するかは、監督やプロデューサーの領域ですが、他の人の意見をリスペクトし、話を聞いてくれる現場はやりやすいですね。
インティマシー・コーディネーターの仕事は、単に俳優の要望を伝えるにとどまらず、監督が思い描くシーンを撮るために、監督、俳優それぞれの意見を聞き、誰もが納得できる着地点を探っていくことです。ですから、あくまで中立の立場を保ち、俳優、監督のどちら側とも適切な距離感を取りながら、常に全体を俯瞰することを心がけています。
俳優から「これはダメ」と言われたときは、単に「○○さんは、できないって言っています」と制作側に伝えるのではなく、「でも、これならできるそうです」という代案も必ずセットにしています。「胸は見せたくない」と俳優が言うとき、「乳首を隠して、胸の横や上の部分を撮るというのはどう?」「胸全体がダメなら、お尻や背中はどう?」などと細かく聞きながら、OKポイントを探っていきます。表現方法はいろいろあるのですから、「前は見せたくないけど、背中ならいい」という俳優の要望を聞いた監督は「じゃあ、バックショットで背中だけ撮ろう」というアイディアを考えてくれます。俳優が嫌がっているのに無理やり撮ることは、私が知る限りではありません。
俳優にとっても、自分がどこがダメで何がOKなのかというバウンダリー(境界)を確認しておくことはとても大切です。「胸がダメです」と言っている俳優に配慮して、監督が「じゃあ、お尻にしよう」と代案を考え、撮影に臨んだとします。実は「お尻もダメ」だったとしても、撮影が始まろうとしているときにはもう、「そこもダメなんです」とは切り出しにくいですよね。俳優がバウンダリーを自覚し、「こことここは絶対ダメです」という部分を自分で認識し言葉にできれば、結果的に不本意な撮影を避けることにつながるのです。
――自分のバウンダリーのことをわかっていない人も多そうです。
漠然と「何が嫌ですか?」と聞かれても、なかなかパッとはわからないですよね。でも、「肩を抱かれるのは、平気?」「髪の毛を触られるのは?」「ここに手を置かれるのは、嫌じゃない?」などと、ひとつひとつ具体的に聞いていくと、「あ、それは嫌ですね」と気づくことができます。
インティマシー・シーン
intimacy=親密、という意味。インティマシー・シーンとは、性的描写や水着以上の肌の露出があるヌードシーン、未成年のキスシーンなど性的なことにかかわる場面のこと。なお成人のキスのみのシーンは立ち合いがなくてもよい。