それでも以前と比べると、不妊に関する理解は深まりつつあると感じます。「女性は閉経するまで妊娠できる」「不妊治療をすれば40代以上でも必ず妊娠できる」などという誤解は減っていますし、不妊の原因を女性だけに押し付けるのではなく男女両方の問題と捉えて、最初からふたりで治療に取り組むカップルも増えています。たとえば当院では平日の昼間に来院する方の約4割がカップルで、社会の価値観の変化を感じます。
――なぜ年齢が上がると妊娠が難しくなるのですか。
ひとつには、加齢に伴う卵子の「質」の低下が挙げられます。この場合の「質」とは、「染色体に変異のない受精卵を作る力」ということです。卵子の元となる卵母細胞(卵胞〈らんぽう〉)は女性が胎児のときにまとめてつくられ、その後いっさい追加生産されないので、年齢を経るごとに卵胞も、卵胞からつくられる卵子も「質」が低下していき、染色体異常の卵子が増えていくことがわかっています。年をとることが止められないのと同じで、卵子の染色体異常を減らす方法はありません。染色体異常は流産の主な原因となります。40歳以上の女性の流産率は約50%です。全年齢では1回の妊娠における流産の頻度が平均15%であることを考えると、かなり高い確率です。
「質」だけではなく、女性の年齢が上がるほど、卵胞の「数」も減っていきます。出生時、卵胞は女児の体内に約200万個あるのですが、思春期の頃には30万個にまで減り、37歳以降になるとさらに急速に減少して、50歳前後に1000個程度にまで減ると閉経となって、排卵ができなくなります。「質」が低下し、「数」が減少することで、妊娠できる卵子を得ることが困難になっていくのです。
他にも加齢によって、卵管炎、子宮筋腫、子宮内膜症等、不妊の原因となる婦人科系疾患の罹患率が上がっていきます。また高血圧や高脂血症、高血糖値により、妊娠が継続できないケースが増え、妊娠を継続できたとしても早産(妊娠22~37週未満で出産すること)や低出生体重児(体重2500グラム未満で生まれる子どものこと。将来的な健康問題が懸念される)を産むリスクが上昇します。その意味でも、健康診断を定期的に受け、トータルな健康管理をしていくことが大切です。
――「卵子の質の低下」への対策として、最近、有名人が卵子凍結をしていることを公表するなど、卵子凍結に対する関心が高くなっていますが、注意すべき点はありますか。
医学的な理由でない卵子凍結(社会的卵子凍結)について、東京都が助成を始めたり、企業が福利厚生の一環として費用を負担したりするなどの動きが出てきて、チャレンジするハードルが低くなっていると思います。先ほどお話ししたように、若いときのほうが卵子の質がよく、妊娠しやすいですから、将来を見越して早めに卵子を凍結しておくことは、後に妊娠の確率を高める有効な手段のひとつと言えます。
自分に卵胞がどれくらい残っているかは、AMH(抗ミュラー管ホルモン)検査や超音波検査で調べることができます。月経周期が短い人は、無排卵月経であったり、卵子の数がかなり減っていたりするかもしれないので、年齢にかかわらず、一度、検査を受けておくといいでしょう。費用は医療機関によって異なりますが、AMH検査の費用(6000~8000円程度)に対して補助が出る場合もありますので、お住まいの自治体の情報を確認してみてください。ちなみに、東京都が行っている「TOKYOプレコンゼミ」は、これまで女性のAMH検査のみに対しての助成でしたが、2024年度からは18~39歳の男女が対象となり、AMH以外の様々な検査も選択できるようになりました(助成額は、女性では上限3万円、男性は上限2万円)。
こうした助成は卵子を凍結してみたい人にとっては朗報ですが、卵子凍結には考えるべきポイントもいくつかあります。
海外の論文をまとめた日本産婦人科学会の報告によると、凍結卵子(凍結未受精卵子)を融解して用いた子宮への受精卵の移植(胚移植)では、1個の融解卵子が子宮内に着床する確率は17~41%。着床しても流産や死産などが起こるので、出産に至る確率は4.5~12%です。凍結した卵子の質がよくても、母体が40代以降になっていれば、早産などのリスクを背負う確率が上がります。卵子凍結が妊娠出産を確約するものではないということも知っておいてください。
そもそも、独身のときに卵子を凍結しておいたとして、妊娠出産したいタイミングで精子を提供してくれるパートナーが見つからないという可能性もあります。結婚して結局自然に妊娠したので凍結卵子を使わなかったということも起こり得ます。この東京都の助成を利用する場合、保管費用の助成期限(最大5年間)が過ぎたあとにどうするかも考えなくてはいけません。選択肢が増えるという点ではメリットですが、その分、悩むことも増えていくと言えます。
これらのことを考えると、本来は、年齢にかかわらず子どもがほしいと思ったときに、キャリアの断絶などを気にせずに産める環境を、もっと整備していくことが大切だとは思います。
不妊症の原因と治療を始めるタイミング
――加齢以外の不妊症の原因には、どのようなものがあるのでしょうか。
不妊症は、女性のみに原因があるケースが41%、男性のみに原因があるケースが24%、男女両方に原因があるケースが24%、原因不明が11%という調査結果が出ています。このうち、原因不明のケースには加齢によるものが多いと思われます。
女性の不妊症の原因には、排卵因子(排卵がうまくできないなど)、卵管因子、子宮因子、頸管因子(子宮頸管炎、子宮頸管からの粘液分泌異常などで精子が子宮内に到達しにくい)、免疫因子(抗精子抗体が精子を排除してしまうなど)などがあります。特に多いのは排卵因子と卵管因子です。
卵管因子で注意したいのは、卵管閉塞などを引き起こす性感染症のクラミジア(性器クラミジア感染症)です(「性知識イミダス:性感染症の基礎知識」参照)。女性の感染者の多くは無症状なので、検査をしないと罹患しているかどうか気付けません。性感染症では淋菌感染症も同様のリスクがあります。
また、子宮内膜症によって卵管が癒着し卵子が通れなくなることも多いので、月経痛が悪化している人は、婦人科で子宮内膜症の検査や治療をしておくことをお勧めします。子宮因子では、子宮筋腫や子宮内膜ポリープができる場所によっては受精卵の着床を阻害することがありますので、同じく婦人科でチェックしておくとよいでしょう。
次に男性の不妊症(男性不妊)の原因ですが、大きく分けて、なんらかの理由で精子をつくる過程に問題が生じる「造精機能障害」、勃起や射精がうまくいかない「性機能障害」、精路(精子の通り道)に問題があって精液に精子が出てこない「精路通過障害」の3つが挙げられます。
男女どちらであっても、不妊症の原因の中には治療をすれば自然妊娠の確率を高められるものもあります。通常の健康診断では見つからないことも多いので、女性の場合は、婦人科で超音波検査を受け、卵巣嚢腫(のうしゅ)や子宮筋腫の有無、卵管が通っているかどうかなどを確認しておき、加えてクラミジア検査、流産や胎児の発育に関係する甲状腺機能の検査を受けておくと安心です。