子どもの性被害は「100%予防可能な社会課題」
――法整備や支援体制が十分でないなど、性被害に遭った子どもを取り巻く日本の状況は非常に厳しいと言えます。子どもの性被害をゼロにしていくために、社会としてどのような取り組みができるでしょうか。
「小児性被害は100%予防可能な社会課題です。ただしそれは、社会全体で対策に取り組めば、の話です。」
これは、アメリカで小児性被害対策に取り組むエリザベス・ルトーノーさんの言葉です。
では、具体的に私たちは何をすればいいでしょうか。参考となるのは、子どもへの性暴力を予防するために、研究や臨床、支援の現場において共有されている、3段階のピラミッドのイメージです。ピラミッドの土台は「一次予防」、つまり子どもも含めた一般市民を対象とした広範な啓発となります。特に、日本では子どもも大人も包括的性教育という、世界水準の性教育を受けられていない状況にあり、社会全体で性についてきちんと学んでいくことが必要です。
2022年に性教育の一部も含んだ「生命(いのち)の安全教育」が導入され、幼児期から大学まで、さまざまな教育機関で発達段階に応じた指導が行われるようになりました。しかし、この指導は義務化されていないだけではなく、ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」で示されている「価値観、人権、文化、セクシュアリティ」や「暴力と安全確保」などを十分に学べない等の課題があります。また、私自身も学校で講演する機会があるのですが、「性交について教えてはいけない」等の制限があったり、「寝た子を起こす」「性の乱れにつながる」といった誤った考えを持っている教育現場が見受けられたりするなど、性教育の難しさを感じています。
ですので、やはり家庭での性教育が非常に大事になってきますし、特に父親の意識を変えていくことが必要だと思います。男性中心社会では性暴力についての認識が甘く、子どものスカートめくりを「ふざけているだけ」とみなしたり、セクハラなどでも「またやらかした」と軽くとらえたりしがちです。けっしてそうではないということを知り、危機意識を高めるためにも、ぜひ夫婦で一緒に包括的性教育を学んでほしいと思います。この記事の最後にもいくつか参考になる書籍等を掲載していますし、幼い子にもわかりやすい絵本もたくさん出版されていますので、そうしたものも活用してみてください。
――「包括的性教育」と聞くと、なんだか難しそうに感じます。何から始めればいいでしょうか。
性教育というと、日本では生理や避妊を中心に生殖について教えるというイメージを持つ人が多いですが、包括的性教育では、人が互いに尊重し合いながら社会の中で生きていくために必要なことをさまざまな視点から学んでいきます。
色々な入り口があると言えますが、たとえば「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」でも重視されている「同意」あるいは「性的同意」について理解するために、ぜひ家庭で実践してほしいのが「子どものNOを受け止める」ということです。では、なぜ「NOを受け止める」ことが大事なのでしょうか。
性暴力など子どもがなんらかの被害に遭いそうになったとき、「NO(イヤと言う)」「GO(その場を離れる)」「TELL(信頼できる大人に話す)」という行動をとるのがよいと言われています。しかし日本では「NO」と言うこと自体があまり歓迎されず、特に目上の人に対しては「言うことを聞くように」と教えられます。親もそのような環境で育ってきたので、子どもから「NO」と言われることをつい否定的にとらえてしまうかもしれませんが、そうすると子どもは「NOと言っても無駄だ」と思うようになるでしょう。そして、性被害に遭いそうなときですらNOを抑え込んでしまうことは想像に難くありません。子どもが「自分のNOには力がある」と思えるよう、普段から子どもをひとりの人間として尊重し、「NO」を言っても大丈夫という練習を幼い頃からさせてほしいと思います。
*子どもへの性暴力という問題についてより深く知りたい人のための参考書籍
・小宮信夫『子どもは「この場所」で襲われる』(小学館新書、2015年)
・斉藤章佳『「小児性愛」という病 ――それは、愛ではない』(ブックマン社、2019年)
・齋藤梓・大竹裕子編著『性暴力被害の実際 被害はどのように起き,どう回復するのか』(金剛出版、2020年)
・森田ゆり『トラウマと共に生きる 性暴力サバイバーと夫たち+回復の最前線』(築地書館、2021年)
・合同出版編集部編『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版、2021年)
・福井裕輝『子どもへの性暴力は防げる! 加害者治療から見えた真実』(時事通信社、2022年)
・藤森和美・野坂祐子編『子どもへの性暴力[第2版]その理解と支援』(誠信書房、2023年)
・三谷はるよ『ACEサバイバー――子ども期の逆境に苦しむ人々』(ちくま新書、2023年)
・宮﨑浩一・西岡真由美『男性の性暴力被害』(集英社新書、2023年)