RHRは「産む」「産まない」のどちらでも、抑圧されることなく、安心して選べるからこそ成り立ちます。日本では、「産まない」選択肢である避妊や中絶をめぐる状況もひどいですが、「産む」方についても、第三者によって「産め」という方向に追い込まれていく、あるいは産んだとしても十分なサポートがない環境と言わざるを得ません。「若いうちに産んだ方がいい」と言いながら、妊娠した女子高校生を退学処分にするようなこともそうです。子どもがほしくないと決意している未婚女性がIUD(子宮内避妊具)や永久的な不妊手術を望んでも、多くの医師が引き受けてくれません。また子どもがいない女性に「不妊治療をすればいい」と勧めるのは、よけいなプレッシャーになり得ます。代理出産についての議論も始まっていますが、代理母となる女性の権利と健康への目配りができていないなど、危うい点が多々みられるのが心配です。
日本のRHRは、当の女性の健康を置き去りにして、お金の話ばかりが先行しているのではないでしょうか。出産育児一時金は制度が始まった1994年には30万円だったのに、何度も増額されて、2023年から50万円になりました。これは一見「いいこと」のようですが、その実、増額のたびにこれを当て込んだ産院が出産費用を吊り上げるせいで、産婦の手元にはほとんど残らないどころか、むしろ大多数は追加の出費を強いられているという状態です。不妊治療にも保険適用が決まりましたが、治療を受ければ必ず妊娠するわけではありません。心身ともに負担の大きい治療をいつまで続けるべきかなど、メンタル面も含めてケアする、そのためのカウンセリング制度を整えるといった話が一向に出てこないところを見るにつけ、「いったい、誰のための補助制度なのだろう?」と思ってしまいます。
独特すぎる日本の中絶手術
――日本ではどのような中絶手術が行われているのでしょうか。
日本の中絶は、とても女性の健康を守るためのケアとは言えません。私の話を聞いた方は皆さん、「日本は医療先進国だと思っていたのに、なぜこんなに遅れているのか?」とおっしゃいますが、中絶に関しては本当に「後進国」もいいところです。
まず、日本の妊娠初期の中絶手術の状況について説明すると、WHOが既に2003年から「使用しないことを推奨」としている掻爬(そうは)法が、日本では妊娠初期の中絶手術の6割以上で使われています(2020年調査)。私が2010年に関わった調査では8割でしたから、それに比べれば減ってはいますが、それでもまだ過半数です。
しかも、1952年の日本産婦人科学会の学会誌で紹介された中絶の方法と、2021年に産婦人科医会の医師が出した資料で示している掻爬のやり方はまったく同じものです。世界では、既に1970年代からより安全で女性にとって痛みが少ない吸引法に置き換わり、さらには経口中絶薬が主流になっているのに、70年前のやり方を未だに続けているのです。
さらに、日本で「掻爬」と言われているやり方は、実は海外で言うところの「掻爬」、つまり子宮頸管を拡張しておいて、キュレット(金属の細長い器具)を使い子宮内膜を掻き出す「頸管拡張及び子宮内膜掻爬術」(Dilatation and Curettage:D&C)とは別ものです。「キュレットを使って子宮内膜を掻爬する」のは同じですが、日本ではその前に「まず鉗子(かんし)を使って子宮内のものを掴み出す」という手順になっています。しかし、WHOの『安全な中絶 第2版』によれば、鉗子を使うのは中期中絶の手術法なのです。
受精してまもない妊娠産物(胎芽〈たいが〉、胎嚢〈たいのう〉、絨毛〈じゅうもう〉)は非常に微細ですから、日本の医師たちは彼らが言うところの鉗子を使った「掻爬」をするためには、「掴み出せる」ぐらいに胎児の形がつくられていなければなりません。私自身が中絶したときも、妊娠5週で病院に行ったのに、「まだ手術ができないから」と3週間以上待たされました。その間、「お腹の中でどんどん赤ちゃんが大きくなってしまう」と、のたうち回るような苦しみを味わい、処置の後には「私は赤ちゃんを殺したのだ」という罪悪感にも苛まれました。未だに「掻爬」が過半数という日本の中絶では、吸引法や経口中絶薬を使えば味わわなくてすむはずの苦しみや罪悪感を女性たちが抱かされる状況が続いています。これは、「痛みを我慢してこその出産」という言説がまかりとおり、無痛分娩がなかなか普及しないことと根は同じであり、要するに妊娠した当事者への「ケア」という視点がないのです。
――では、妊娠中期の中絶手術の状況はどのようになっているのでしょうか。
日本で行われる中期中絶は、高額な「プレグランディン」(成分名ゲメプロスト)という腟坐薬で人工的に流産させる方法を採っています。実はこの「ゲメプロスト」は、1970年代に世界初の「中絶薬」として日本で開発され、まず妊娠初期の中絶に対して試され、大きな成功を収めていたのです。ところが、この薬のうわさを聞き付けた日本の指定医師たちから「安い薬代だけで中絶がすんでは経営悪化を招きかねない」と反発の声が上がりました。そこで、当時、この薬の開発に関わった大学病院の医師たちは、妊娠初期にも使えるという事実を伏せて、製薬会社に「妊娠中期以降専用薬」として承認申請させたのです。
日本では、中期中絶はすべての中絶の数%しか占めていません。用途が狭まれば製薬会社の儲けが少なくなるので、料金を高額に設定することになったのでしょう。日本の医師たちは1984年にゲメプロストが承認されて以降、ゲメプロストを劇薬として厳重管理しながら使い続けてきました。