大人が変わらなきゃいけない
オスコウイ 現在、私は女性刑務所を題材にした新作映画を制作中なんですが、その本編に登場する女の子もこのほど大学に入りました。その彼女が私に向かって、「へぇ、男にもいい人がいるんだ」って言ったんですよ。男は全て大嫌いだったんですね。
仁藤 すごく分かる。私がとても好きなシーンなんですが、イスラム教の法学者が更生施設を訪れた時、彼女たちが「なんで女と男は平等じゃないの?」という質問をその男の人にぶつけますよね。そうしたカットを同じ男性である監督があえて入れていることにも、「分かってる人なんだ」と思いました。
オスコウイ 「なんで女と男は平等じゃないの?」という質問は、私もその子からされました。一応は自分の考えを話したのですが、彼女は私の目を一切見ようとしなかった。「男はみんな大嫌いだ」「男はただ私をレイプしたいだけだ」とずっと言っていました。当時、彼女は14歳でしたが、男は目を見るのも嫌なほどだったんです。話を聞くと、家出した時に街で親戚の男に偶然会ったので、親と仲直りさせてくれると喜んでいたら家に連れ込まれ、仲間を呼んでレイプされたんだそうです。日本も恐らく、イランのように男社会だと思います。男は権力を握ると、女の子たちを「自分のもの」として見がちです。ですから私たちの社会では共通して、女の子たちはとくに傷付きやすいのでしょう。
仁藤 本当に同じような状況だなと思いますね。だから、監督がこの映画で「大人たちに伝えたい」とおっしゃることもよく分かります。私たちもいつも「これは大人や男性の問題だ」「女の子の問題として片付けて、彼女たちが責められるのはおかしい」って言っています。親だけじゃなくて、その子たちと共にある社会を作っている全ての大人が変わらないといけない。家族が近くにいるとうまくいかないケースだっていっぱいあるから、そういう時は無理やり家に戻すんじゃなくて、家庭に代わる場所が社会の中にたくさん増えることが必要だと思って活動しています。
オスコウイ そうして社会の中で傷付いている子を、見ないふりするようなことも許してはいけません。ドキュメンタリー監督として私がなすべきは、蓋を開けて真実を多くの人の前にさらけ出し、あなた方のように救いの手を差し伸べる人たちにつなぐことです。ポーランドでこの映画が公開された時にはものすごい行列ができました。国じゅうのソーシャルワーカー、裁判官、少年院の担当者たちが集まってきているということでした。私たちはみな同じ痛みを持っている、日常ではそれを他人には見せないだけなんだと、改めて痛感しました。そうしたソーシャルワーカーが声を上げ、社会を変えなければならない。
仁藤 日本では、ソーシャルワーカーや福祉に関わる人が声を上げることはほとんどありません。心の中では「本当は彼女たちのせいじゃない」と分かっていても、沈黙している大人がたくさんいます。監督がこの映画を通してされていることって、この子たちと一緒に社会を変えるということなんじゃないかな。それは私も活動の中ですごく大事にしていることなんです。
最後に、日本での私たちの活動を紹介しますね。最近はピンク色に塗ったバスを夜の繁華街に出して、10代の子が無料で入れるカフェを開いています。というのも渋谷や新宿では、少女を風俗産業に斡旋(あっせん)するスカウトが毎晩100人ぐらい雇われて、女の子を勧誘しているんです。家に帰りたくなかったり虐待されてたりする子に、「泊まる所あるよ」とか「仕事あるよ」と誘う人がたくさんいます。それに対抗して、私たちとつながった子と一緒に活動を続けているんです。
オスコウイ 私が知っている中では、そんな感じでポルノ映画にスカウトする人たちがたくさん増えているのはインドですね。以前インドを訪れた時、そんな話を聞きました。でも、これはすごい。いい活動をやっていますね。ちなみに一緒に活動している女の子たちはカフェでどんな手伝いをするのですか?
仁藤 夜の街を歩いている女の子に、オリジナルのカードや生活用品といったグッズを配って、「10代の人は無料のカフェがあるよ」って声を掛けているんです。これがその見本品です。
オスコウイ これ1個ください。これは何ですか?
仁藤 いいですよ、新しいのを差し上げます。これはカードミラーです。行政などが配っているのはたいてい「虐待SOS」「相談しよう」などと書いてあるんですが、そんなのを持ち帰って、もしも虐待をしている親に見つかったら怒られたり暴力を振るわれたりするかもしれない。なので私たちが配るものは、普通のカフェのグッズみたいに見えるようにしています。
オスコウイ とても感動しました。先ほども言いましたが、私たちがやっていることで一人だけでも助けられれば、一人だけでも救われれば、すごくいいことですよね。このグッズはイランのソーシャルワーカーへのお土産にしたいと思います(笑)。
仁藤 はい! 実はこのアイデアは、韓国で行われていた活動から学んで真似したんですよ。
オスコウイ 今回、日本へ行ったら何かいいことが起こるような気がしたんですけど、今日、このグッズを見て「これだった!」と思いました。仁藤さん、みなさん、ありがとう。映画制作にまつわる話だけではなくて、私が一番大切に考えていることの話もできたのですごく嬉しいです。
2017年、この作品が山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された時、たくさんの人が観てくれたのですが賞はもらえませんでした。授賞式の後で女性が何人か来て、「この映画が絶対に賞を取ると思っていたのに……ごめんなさい」と言われたので、「いいえ、今のあなたの言葉こそ、この映画祭で私がいただいた最高の賞です。あなたと通じ合えた心が、私の一つの財産です」と答えました。だから仁藤さんと一緒に映画を観て感動してくれた女の子たちも、私にとって最高の審査員といえます。こういう場をまた持ちましょう。