今回は、イランの少女更生施設を描いた話題のドキュメンタリー映画『少女は夜明けに夢をみる』(2019年11月2日より東京・岩波ホールほか全国で順次公開)を制作した映画監督メヘルダード・オスコウイ氏との対談が実現。日本から遠く離れた中東の国イランの更生施設で、罪に問われた少女たちはどんな気持ちで日々を過ごしているのか? その人生にはどんな悲劇があったのか? 公開に先立って作品を鑑賞し、「すごく感じるところがあった」という仁藤夢乃が、来日中のオスコウイ監督に話を聞いた。
「まさにそのものだな」と感じた
仁藤 私は先日、映画『少女は夜明けに夢をみる』を、女子高生サポートセンターColabo(コラボ)とつながる10代の女の子たちと一緒に観ました。今回お会いできて、とても嬉しいです。
オスコウイ 私も日本を訪れるにあたって仁藤さんのことを聞きました。この映画はイランの更生施設で暮らす少女たちのドキュメンタリーですが、実は3部作になっていて『It’s Always Late for Freedom』(2008年)、『The Last Days of Winter』(11年)という少年更生施設を追った2作に続く最新作なのです。なので、ぜひ前の2作品も観てもらいたい。恐らく興味をそそられると思いますよ。
仁藤 それはぜひ観たいです。その2作品も日本で一般公開されるといいですね。
オスコウイ イランには、例えば刑務所から出た少女たちの人生をサポートしたり、服役している女性の面倒を見たりする支援者がいて、NGOなどに所属して活動しています。そういった活動をされる方が日本にもいらっしゃることを聞いて、本当にお会いできてよかった。私がライフワークとしている映画制作の中で感じたことに、共感していただけると思います。
仁藤 私たちは「支援」というより、虐待や性暴力被害に遭うなどした10代の女の子たちと共に活動することを大切にしています。それでこの映画を観て最初に感じたのは、登場する少女たちの一人ひとりが、実際に私たちが関わっている日本の女の子たちと同じ背景や気持ちを抱えているということ。「まさにそのものだな」という思いでした。
オスコウイ この映画は既に世界の約40の映画祭で上映されて、大勢の人たちに観ていただきました。その中でさまざまな感想も聞いてきたのですが、ポーランド、カナダ、フランス、アメリカなどでも「私の国の少年院の子どもたちとま全く同じだ」「ただ、あなたの映画の中に出てくる女の子はスカーフを被っているだけ」という意見が多かったことに驚かされました。国は違えど、私たち人類は同じ痛みを持っているんです。
仁藤 世界共通で同じような痛みを負わされている子どもたちがいるのに、彼女たちへの支援は不十分で差別や暴力にさらされています。日本は昔から「家族は支え合うもの」という考えが根強く、今でも家族の再統合神話がまかり通っています。児童福祉や少年院の指導でも「虐待などを背景に行き場を無くし、非行に関わった子どもたちも、もう一度家族の中に戻せばうまくいくだろう」というように。そして「あなたは家族に大切にされている」「問題はあなたにあったのだ」という教育によって、自分を責めている子が日本には多いです。この映画のシーンにも、同じような訴えをした少女が出ていましたよね。
オスコウイ その通りです。彼女たちがなぜ更生施設に送られたのかを探っていくと、家族から逃げたかったという子が何人もいました。私自身も15歳の時、父の破産が原因で自殺しかけたことがあります。多くの少年非行の背後には家族の問題があって、全部が彼らのせいではない。だけど仕方なく社会の悪者になってしまった。そういったことも、この映画を観てもらえればお分かりになるでしょう。
仁藤 冒頭のシーンに出てくるハーテレちゃんが「夢は死ぬこと」と答えていましたが、私も女の子から同じことを言われることはよくあります。〈名なし〉のニックネームをもつシャガイエさんが、最初は監督の質問にすごくヘラヘラと笑って答えているんだけど、性虐待の話になると涙が止まらなくなったり……そういう表情の変化も私が日々接してる女の子たちと重なりました。
オスコウイ 仁藤さんのお話をうかがっていて、ちょっと聞いてみたいことがあります。私たちは、日本はとても裕福な国だと思っていました。そういう国では、性虐待されたり暴力を振るわれたりして、生きるために盗みや傷害などの犯罪に手を染めてしまうような子は少ないと考えていました。だけど日本へ来ていろいろ話を聞いてみると、こんな裕福な国にもいじめやDV、虐待があるみたいですね。なぜ日本のような社会でも、そうしたことが多く起きるのでしょうか?
仁藤 日本は10代の自殺がとても多い。世界的に見ても突出していて、若者の死因の第1位です。この問題の裏には、いじめや大人からの暴力を見過ごし、子どもには「あなたのせい」という自己責任論を押し付ける社会構造があると思うんです。日本ではこの映画のように、女の子が自分の性虐待被害や、世間から「非行」と言われるような行いをしたことをカメラに向かって話したら、放送後にネットなどでものすごくバッシングされるでしょう。家出をしたり、体を売ったり、薬物に手を出したりするのは「悪い子だから」と片付けられて、背景にある暴力や社会的な構造に目を向ける大人はあまりいません。そんな社会のゆがみが、イランや他の国の社会と同じように、子どもたちを追いつめているのではないでしょうか。
オスコウイ なるほど、スイスでもそんなことを聞きました。ところでソマイエという少女が映画の中に登場しますよね。実は更生施設の撮影許可を得るうえでいくつか制約があって、撮影終了後に入所者と接触することは許されませんでした。ところがある日、ソーシャルワーカーから電話があって「ソマイエが“メヘルダードおじさん”に助けを求めている」と言うのです。話を聞くと、ソマイエを含む3人の子が大学進学を希望しているので支援してほしいということでした。そこで資金を集めて彼女らを大学に入れました。ソマイエは今、大学2年生です。
仁藤 ソマイエは、家族で共謀して、暴力をふるう父親を殺した罪で収容された子ですね。「ここのみんなは同じような経験をしてる。お互いの痛みを理解し合ってるわ」っていう言葉が印象に残っています。
オスコウイ 私はこの映画を制作した後、制約を破った罪で裁判にかけられました。そうしたらソマイエが「自分が話をします」と言って、法廷で「この映画が作られたことによって私たちの人生が良い方向へ変わった」と証言してくれました。映画の上映会や講演会などでも「いつでも話をする」「何でも協力するよ」と言ってくれているのです。