仁藤 例えば家族とうまくいかなくなって、どうしようもなく息苦しい毎日が目の前にある時、みなさんならどうしますか? 女優の橋本甜歌(てんか)さんは、中学・高校生時代に母親の過干渉に苦しめられた果てに、15歳で家を出てひとり暮らしを始めたそうです。そこで今回は「息苦しさからの脱出」をテーマに、再び橋本甜歌さんにお話をうかがいます。
橋本 以前もお話ししたように、私の母は典型的なステージママでした。とにかく私を自分の羽の下に入れて守ることしか考えてなくて、家の中でも友達の前でも、何一つ私を自由にさせてくれない。そのことで意見を言っても、とりあってくれない。そんなことがトラウマになって、中学時代には親に反抗して荒れまくってました。学校をサボったり、無断外泊したり……。それで、母との関係がこのうえなく息苦しくなって、「死にたい」という気持ちでいっぱいになり、「これでは自分もまわりもダメになる」と思ったのがきっかけです。高校1年の時に栃木の実家を飛び出して、あてもなく東京へ出てきたんですが、そのまま帰ることなくひとり暮らしをするようになりました。
仁藤 行動力がありますね。生活費はどうしていたの?
橋本 私の場合は、その点は恵まれていたと思います。芸能活動のおかげで自活できる道があったので。最初に家賃7万円で部屋を借りると決めて、引越し費用などのスポンサーになってくれそうな人に連絡したんです。保証人も仕事関係をつてに探して、荷物は引越しセンターに頼んで引き取りに行ってもらいました。当時、ブログ執筆の仕事も持っていたのですが、編集部に事情を説明して、「家賃と学費を支払わなければならないので、もう少し原稿料を上げてもらえないでしょうか」と直接交渉もしました。ブログサイトに広告を掲載して報酬を得る、アフィリエイトでも収入がありました。
仁藤 収入があったのは強いですね。
橋本 家を飛び出しても「絶対にどうにかなるし、どうにかする」と思っていました。ただ、子役として名前がある程度売れていて、仕事があった点はラッキーだったとしか言えないです。
仁藤 ひとり暮らしをしてよかった?
橋本 ええ。その後もけっこう苦難はありましたが、最終的に母が折れてひとり暮らしを許可してくれた時に、母をちょっと見直しました。それからは物理的に母と距離がとれるようになって、どんどんラクになりましたね。今にして思えば、私の場合は、親との関係を改善するために「距離」と「時間」が必要だったんです。
仁藤 一緒にいると苦しいけど、距離を置けるようになって親とうまくやれるようになったという人は多いです。でもこの選択は、なかなか普通の中・高校生には取れない。15歳で経済的に自立するのは、一般的には無理ですから。私が出会う女の子たちも、当時の甜歌さんと同じように息苦しさを感じているんだけど、どこにも行くところがない。家にも帰りたくない。それで夜中にファストフード店やマンガ喫茶を転々としたり、お金がないと路上で寝起きする、というように「難民化」してしまうの。
橋本 仁藤さんが支援しようとしている難民化した女の子たちの中には、性被害にあった経験がある子も多いですか?
仁藤 とても多いです。私たちが活動でかかわる女の子の85パーセントぐらいが、売春やDV(ドメスティック・バイオレンス)、レイプ被害など、何らかの性的なトラウマを抱えています。小学生の時に、家にいられず外に出ていた時に性被害にあったという子もまれではありません。ある女の子は中学2年生の時、深夜に行くあてがなく、24時間営業の量販店に入って、仕方なく非常階段に座っていたら30代の男性に話しかけられた。その男は「お腹がすいているだろう」と言って、コンビニでおにぎりを一つ買ってくれたんだそうです。見ず知らずの大人に初めて優しく声をかけられて、その子は「とても嬉しかった」と言います。「そこまでは、すごくいい人だった」と。でもその後、その男から「散歩しよう」と言われて、気づいたら家に連れ込まれて強姦されました。彼女の初めての性体験でした。加害者の手口は巧妙で、常習犯でしょう。巧妙に女の子たちを傷つける男性がたくさんいる、ということなんです。
橋本 おにぎり一つでも、子どもにとっては大きいんですよね。特に、もう誰も信じられない、という状況に陥っていたら。だけど、やっぱり、私たち自身も「いい大人」と「悪い大人」を見分けないといけないんです。子どもの頃は本当にそれが難しいのだけど……。
仁藤 甜歌さんも危ない目にあったことはある?
橋本 ちょっと種類は違いますが、「俺と別れたければ、500万円持ってこい」と、付き合っていた男性からすごまれたことがあります。私はすぐに警察と弁護士に相談しました。
仁藤 しっかりしていますね。どんなひどい目にあっても、警察に相談できない子のほうが多いもの。
橋本 相談できないという気持ち、すごくわかりますよ。もしも自分が親からひどい虐待を受けていたり、性被害にあっていたら、私も誰にも相談できなかったと思います。学校の先生にしろ、児童相談所にしろ、警察にしろ、信用できると思えなかったはず。この人たちに話したら絶対にバレる、もっと大変な事態になるかもしれない、と思いますもん。子どもは自立できない以上、どんなことがあっても、結局は親元に帰らなければならない。それに親以外の大人も、自分を100パーセント守ってくれるわけではない。そう思ってしまうのは当然だと思う。
仁藤 そうなんです。それで負のループが起きてしまう。リストカットなどの自傷行為によって、自分を保とうとする子もいます。中には、傷つききっているにもかかわらず、「体を売ることは嫌なことじゃない」と自分に思いこませるために、今度は自ら男性を誘う、売春が自傷行為になっているケースもあります。今まで私が見てきた中で、買春の被害にあう子の共通点として多かったのは、親から虐待を受けてきた子です。殴られ、蹴られるだけでなく、言葉の暴力や精神的虐待を受けるのが日常。その中で「自分を守り、大事にしなければ」と思えなくなっている子がほとんどです。
橋本 私のまわりにも父親から性的虐待を受けてきた子がいましたが、自傷行為を繰り返していました。でもそんなこと、誰かに言えるわけがない。「お父さんにレイプされました」なんてどこかに相談しようものなら、必ずそれが家族に知られる。そうしたら、父親は絶対にまた自分を虐待する。そうわかっているから、相談できませんよね。
仁藤 性的虐待の問題は、非常に根深いんです。私が関わっているケースの中にも父親からの性的虐待に苦しんでいる子がいて、本心では逃げ出したいんだけど、実行に移せない。母親は性的虐待の事実を知っているのですが「大ごとにしないで。ママが何とかするから」と言う。これは、母親も加害者になっている典型例です。その子は、何度家を出ようと決心しても「ママの顔を見たら、出ていけなくなっちゃった」という。「親を置いていけない」「私がいなくなったら、ママが心配」という気持ちなんです。
橋本 もう一つ、自分を救ってくれたのはマンガやゲームでした。
このコラムのバックナンバー
1~5ランキング
連載コラム一覧
もっと見る
閉じる