仁藤 今回は作家の北原みのりさんにお話をうかがいます。北原さんはジェンダーやセクシュアリティーの問題に詳しくて、私たちColabo(コラボ)の初企画展「私たちは『買われた』展」の開催では、ご寄付もいただいたんですよね。
北原 仁藤さんの活動は「女性運動の希望の星」と、以前から注目していました。私は2014年からアメリカの戯曲家イヴ・エンスラーさんが多くの女性へのインタビューをもとに作った『ヴァギナ・モノローグ』という朗読劇に出演していて、通常この舞台には上演料が必要ですが、女性への暴力防止を訴える毎年2月頃の「V-DAYキャンペーン」の一環として上演する場合はそれが無料なんです。その代わり、チケット収入から劇場費を引いた金額を女性保護団体に寄付する決まりがあって、今回は仁藤さんが運営するコラボしかない、とプロデューサーの奥山緑さんが決定しました。もちろん私も大賛成でした。
仁藤 ありがとうございます。私は都合がつかず、観劇に行けなくて残念でした。でもコラボとつながっている中学生の女の子がスタッフと一緒に見に行って、北原さんたちが性について堂々と語る姿に感動したらしいんです。帰ってきてから「マンコとか言ってたんだ、すごいカッコよかった」と一生懸命話してくれました。その時、彼女も舞台に立ったそうですね。
北原 そうなんです。芝居が終わって出演者が一人ずつしゃべった後、寄付先のご紹介としてコラボの方々にも舞台に上がっていただきました。そこで、その15歳の彼女が自分の性被害体験を話し始めたんです。それがもう衝撃的で……だって私たちは台詞でしゃべっているわけでしょう。だけど彼女は自分自身の体験を、200人ぐらいの大人の前で話した。「今、中高生が大変なことになっています。私も当事者です」って。
仁藤 性被害体験を話すのは危ういことでもあるので、ちょっと心配もしています。でも彼女は、「伝えたい」という思いがすごく強い子なんです。
北原 観客の年齢層は結構高くて、10代の子に何が起きているかなんて知らないし、見えていない。だからもう、みんなびっくりしちゃって。
仁藤 彼女は自分の体験と、戦時下の女性を描いた話に重なる部分もあったみたいで「泣いちゃった」と言ってました。
北原 木内みどりさんが演じた、ボスニア・ヘルツェゴビナで性暴力を受けた女性のエピソードですね。少女時代に美しく見えていた景色が、そのことがあった後ではもう景色の色が変わってしまった、と。日本の中学生の女の子が、紛争中に性暴力を受けた女性と自分を重ねて共感している。そんな恐ろしいことが、今、日本で起きている。
私もにわかには信じられなくて。こんなちっちゃい子が――ちっちゃい子なのね、というかまだ子どもですよね。そんな子どもが食い物にされている。成人男性に利用されて、消費されている。暴力の只中にいる。評論や解説ではなく、当事者が自分の言葉でしゃべることの力はすごい。あの時、遠い世界の話として芝居を見ていた人たちも、急に日本の現実を突きつけられたと思います。
日本って、ネットで誰もが簡単に風俗にアクセスできてしまうような社会でしょ。カタログのように女性たちがずらりとズラッと出てきて、何歳、身長何センチ、こんな顔、こんな声、どんな性格、どのくらい言うことを聞くとか、細かく紹介する風俗サイトがある。ペットショップで値段をつけて動物を売っているのと同じ感覚に思える。性売買が日常的に近くにある。異常です。
仁藤 昨年(2015年)、タイで日本人向けの売春カフェを見に行ったんです。そしたらクラブみたいな狭めの部屋に200人ぐらいの日本人の男がいて。私、買う側の大群を見たのが初めてだったので、すごくショックを受けました。
北原 大群、ね。
仁藤 壁際には女の子たちが立っていて、一角にキャバクラみたいなスペースがあって、そこでおじさんたちが飲んでいる。あとはほとんど若い、私と同世代ぐらいの男。大学生らしき子もたくさんいました。コーラ1杯300円程度から入れて、みんな3人とか5人とかの友だちグループで遊びにきている感じで、楽しそう。普通に女の子を選んで、買っているんですよ。なんかすごい空間で、もう「ヤバいな」と。3分で逃げ出しました。
北原 いやだ。もう最悪。だから若い男は「草食系」とか言われているけど、一昔前の話だよね。風俗で働いてる女性に話を聞くと、若い男の子が増えているって言いますよ。
仁藤 女の子の売春には、貧困や家庭の問題が深く関わっています。家でお父さんがお母さんにすごい暴力をふるっていたりして、まともにご飯も食べさせてもらえなくて、街に出たらおじさんが声をかけてきてコンビニでおにぎりを買ってくれて、ホテルに連れて行かれて。そんなふうに誘いこまれる女の子たちがたくさんいます。
昨年、16歳の女の子が売春防止法違反で逮捕されたニュースが、「遊ぶ金欲しさ」「ブランドもの欲しさ」というニュアンスで報じられました。でもその後、「半年間、家に帰ってなかった」と書いてある記事を読んで……きっと体を売って得たお金を生活費にも充てていたはずなんです。
売春の場で女の子たちが男から受けている暴力はすごいのに、そういうことは全然知らされていません。例えば「汚い」「メスブタ」とかって、胸にカッターナイフで傷をつけられたり……。私が知っているだけで昨年は3人の子が、腫れたり水がたまったりして卵巣を摘出しています。売春していたことは医師には伝えていないので、直接の原因はわからないけど、3人とも売春していた子です。
北原 いやぁ、ちょっとすごい話で……震えちゃうんですけど。もう、ケダモノの世界。タガがはずれてしまった獣たちに、女の子たちの命を握られている感じ。
例えば「自己決定」という言葉がありますよね。これは1980年代にフェミニストが使い始めた言葉だと、私は思っているんです。もともと女の性は「男の持ち物」だという差別的な考え方があって、それに対して「自分の体をどう使うかは女性自身が決められる」と、フェミニストたちは主張した。どんな場合であれ、一番尊重されるのは女性の意志、という意味での「自己決定」です。自己決定が行使できない状況に対する抗議だったんです。ただ、90年代に女子高生たちの援助交際が社会問題になった時、違う意味で使われてしまったと思います。売るか売らないか、という狭い意味だけで「自己決定」という言葉が使われるようになった。一部のフェミニストも、男が大事にする処女性を無意味化した、とかそんな理由で、彼女たちに破壊力があるかのように持ち上げた。結果的に「自己決定」という言葉が今、女の子たちを追い詰め、むしろ男たちが都合よく使う言葉になってしまっています。
女の子たちだって「コンビニに行ったのは、ホテルについて行ったのは、あなたの意志ですか?」と聞かれれば、自分の意志だと答えるでしょう。おにぎりが食べたくてついて行ったり、大人の男に恐怖を感じて抵抗できずに連れ込まれてしまったとしても、一つひとつを見れば自己決定の積み重ねで、「合意でした」ということになってしまう。いつも問われるのは、女の自己責任で、買う側の男たちが問われてないのよね。
仁藤 自分のしていることが、売春だと思ってない子も多いんです。「売春じゃなくて援助交際です」とか。「売春と援助交際と何が違うの?」と聞くと「えっ、同じなんですか?」と。セックスしてお金をもらうことを「援助」として受け入れようとしているんですね。
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