「ちょかる(ちょける)」とは滋賀県の方言である。「調子に乗る」「イキる」あたりに近い意味だと説明される例が多いが、実際は「イキる」ほどは前のめりなニュアンスがなく、やや軽率で憎まれつつも世にはばかっている感じの人を指す言葉だ。
私は今回の連載で、主に書籍の世界での“ちょかった”存在を追いかけていくつもりである。第1回で選んでみたのは、2018年11月に刊行されて65万部以上のベストセラーとなった百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)と、やはり20万部以上のヒットを記録した、百田氏と編集担当者の有本香氏の対談書籍『「日本国紀」の副読本』(産経新聞出版)だ。
【書誌情報】
●百田尚樹『日本国紀』(2018年11月、幻冬舎、512ページ、本体価格1800円)、第9刷累計65万部(2019年3月時点)
●百田尚樹、有本香『「日本国紀」の副読本 学校が教えない日本の歴史』(2018年12月、産経新聞出版、272ページ、本体価格880円)、第3刷累計20万部(2019年3月時点)
百田・有本コンビは優秀なプロである
――残念半分、感動半分。
話題の『日本国紀』(第3刷)を読了した私の感想である。残念さの理由はすなわち、前評判から受ける印象とは違って内容がさほど過激ではなく、面白い書籍だとは感じなかったから。感動の理由はすなわち、著者の百田氏と、編集担当者の有本氏、および版元の幻冬舎といった本書の関係者たちの姿から垣間見える徹底したプロフェッショナリズムに、心底感じ入ったからだ。
百田氏と有本氏が、昨今人気の「愛国者」的な言説をおこなう言論人たちのなかでも筆頭格のオピニオンリーダーであることは周知のとおりだ(なお、本稿では彼らの日本を愛する心に敬意を払って、「ネトウヨ」ではなく「愛国者」という表記で統一させていただく)。
百田氏と有本氏のツイッターにおける勇ましい発言の数々や、彼らを支持する熱狂的な「愛国者」たちの姿からも、それは見て取れる。なかには『日本国紀』を神棚に飾って拝んでいるような熱心な支持者(以下、神棚読者)もいるみたいである。
だが、実際に『日本国紀』を読むと、百田・有本両氏をはじめとした同書の制作スタッフたちは、決して自身の「愛国者」としてのイデオロギーだけに流されて書籍を作ったわけではないことがわかる。彼らはマス(=大衆)を対象にした商業ベースでの表現活動と、個人の政治思想を明確に切り分け、非常に高度なプロの仕事を成し遂げている。
彼らの地頭の良さと職業人としての優秀さは、『日本国紀』の書籍本体の内容と、著者グループがSNSなどで発信する関連言説が、仏教用語で言う「顕教」と「密教」さながらの関係になっている点からも見て取れる。
つまり、数は多いがイデオロギーの面では冷めている一般大衆に向けて発信するメッセージと、相対的に数は少ないがコアな熱狂的支持者である「神棚読者」に向けて発信するメッセージを、百田・有本両氏はかなり意識的に使い分けているのである。
「愛国者」による日本通史の決定版
正直なところ、筆者は『日本国紀』の内容に強い期待を抱いていた。なぜなら、往年の皇国史観しかりマルクス主義の唯物史観しかり、一定の支持者を集める思想は独自の歴史観を打ち出すと相場が決まっている。だが、昨今の「愛国者」たちの主張は、ここ20年間で日本の言論空間の主役に躍り出た重要なイデオロギーにもかかわらず、これまでその担い手たちが体系的な歴史観をさほど明確に打ち出してこなかったからである。
(正確には1997年から『新しい歴史教科書』を通じて歴史観を示す動きがあるが、こちらは冷戦時代以来の伝統的な保守派の影響も強いうえ、文科省の教科書検定をパスするという現実的な必要性から、大胆な主張を展開できないという制約を抱えている)
対して『日本国紀』は、2010年代後半の「愛国者」言説の旗手である百田・有本両氏が携わった書物だ。同書のオビの文言にいわく「日本通史の決定版」、またいわく「2000年以上にわたる国民の歴史と激動にみちた国家の変遷を『一本の線』でつないだ、壮大なる叙事詩」とあって、著者たちの極めて強い意気込みが示されている。
ついに「愛国者」たちが自分たちの歴史観の拠りどころにする、根本経典となる文献が示されるときが来たのだ。編集者の有本香氏も、巻末507ページの「編集の言葉」で「私たちは何者なのか」という問いに百田氏が答えた書籍であると述べている。
そこで私は『日本国紀』について、よほど自由闊達でオリジナリティに溢れた「一本の線」を提示した書物であろうと思っていた。
ネット上で枝葉末節をあげつらって喜んでいる、自称歴史通のお利口馬鹿たちを鎧袖一触で葬り去るような、痛快なネトウヨ史観「愛国者」独自の闘争史観を余すことなく示して、「彼らは何者なのか」の問いに答える。下記のような楽しい本を期待していたのだ。
日本民族2000年の歴史とはすなわち、天皇陛下をお慕いする愛国勢力と、中韓両国とサヨクと朝日新聞に操られた反日勢力との絶えざる闘争史であった。例えば大化の改新は反日蘇我氏を中大兄愛国皇子(なかのおおえまなくにのおうじ)が血祭りにあげた事件であり、源平の合戦は日宋貿易で大陸に日本を売った反日平氏に愛国源氏が天誅を加えた事件である。やがて大坂の陣が起き、中韓両国に毅然とした態度を貫いてきた愛国豊臣氏が反日徳川家康に滅ぼされてしまったが、明治維新によって愛国志士が日本を取り戻すことに成功した。
しかし、こうした成功をねたんだ中国人・朝鮮人とコミンテルンと朝日新聞の陰謀のせいで日本は大東亜戦争の敗戦に追い込まれ、戦後70数年を経た現代の日本社会はかつてないほど反日勢力の浸透を許している。闇の反日勢力と光の愛国勢力との世界最終戦争の日は近い。われら愛国勢力は最後の希望の星・安倍晋三総理のもとで一致団結し、来たるべき審判の日(ジャッジメント・デイ)を生き残って日本を再び取り戻すのだ――。
とまあ、このぐらい突き抜けた話じゃないかとワクワクしてページをめくったのだが、残念ながら『日本国紀』はそういう内容ではなかった。