それでまあ、『舞姫~ディーヴァ~』の現場では、監督である僕が誰よりも四苦八苦してヘロヘロになるのを現場にいる皆さんが見ていたから、同情票が集まって、僕への好感度はアップしたようなのだ。クランクアップした時は、折井さんの方から手を握ってくれて、「監督ありがとうございます」と言ってくれた。悪役を演じてくれたタイソン大屋さんは労いの長文メールを送ってくれた。ちょっと泣いたよ。タイソン大屋、本当にいい人だ。
そうやって完成した作品を見返すと、まんざら悪い出来ではないと思うし、面白かった!と褒めてくれる人もいる。僕の映画で最も有名なのはピンク映画の『美女濡れ酒場』で、これは2002年のピンク映画のベストワンに選ばれた。とはいえ、ピンク映画は女優さんの裸を見せるための映画だし『PERSONA』も『舞姫~ディーヴァ』もアイドルを見せるための映画だから、その作品の監督としては、別にそんなに作家性を出そうとは思ってないのだ。作家性をアピールしたいタイプの映画監督がけっこういるのはわかるんだけど、作家性を前面に押し出した完璧主義者といわれるキューブリックのような人だって、スタッフやキャストの表現力に多いに依存している。映画監督から見ると、シナリオ、カメラ、演技、演出の全てを自分でやってしまう漫画家の方が遥かに凄い作家なんですね。映像で同じことをやるとしたら、個人制作のアニメくらいしかあり得ない。映画監督というのは、確かに作家ではあるかもしれないけれども、アレもコレもスタッフやキャストに依存した、他力本願な存在で、かなり消極的な作家なのです。

リュミエール兄弟の『水をかけられた散水夫』の一場面
映画を発明したリュミエール兄弟の作品に『水をかけられた散水夫』という作品がある。こんな内容だ。長いホースで水を撒いている男がいて、子供がホースを踏むと水が止まる。疑問に思った男がホースを覗き込んだ時に、子供がホースから足を離すと、またホースから水が出て男の顔にかかる。他愛もないコントだけど、ここにはストーリーがある。この作品こそが世界初の物語がある劇映画なのだ。しかも原作がある。フランスのヘルマン・フォーゲルという画家が描いたコマ漫画である。つまり、この上映時間がたった49秒の映画こそはストーリーがある全ての映画、ドラマの源流であり、現在絶賛上映中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』だって『水をかけられた散水夫』の子孫だと言えるわけだ。まさに、全てはここから始まったわけだが、『水をかけられた散水夫』が撮影された時点ではまだ映画監督という職業は存在しなかったし、プロの映画俳優もいなかった。いたのはカメラマンだけなのだ。
そう、映画監督というのは、後から生まれた職種、肩書なのである。それはいつ、どのようにして誕生したのだろうか? それを知るためには、映画というメディアが誕生した19世紀の終わり頃から20世紀の初頭にまで遡る必要がある。