だけど、今思う。何もしなかったこと自体が、彼女たちに我慢を強いたも同然ではなかったかと。5年前のあの時、弁護士さんたちとも連携して徹底的に中傷と戦い、ネット上でのルールを作れていたら。悪質な書き込みをしたら本人が特定され、法的な責任を問われるということが常識の社会になっていたら。そうすれば、SNSは今よりもずっと平和で、心がえぐられるような思いをする人なんていなくて、そんな中では木村花さんが亡くなるようなこともなかったのではないかと。
そんな思いから、私も「SNSOS」の賛同人の一人となり、6月9日、議員会館で立ち上げの記者会見をした。
「SNSOS」では、悪質な書き込みをした発信者を特定しやすくすること、プロバイダー事業者に対する罰則や説明責任の強化、公益通報者保護の強化を求めている。ネットで署名キャンペーンもしているので、ぜひサイトだけでも見てほしい。
「SNSOS」立ち上げ記者会見の前日には、性被害を受けたと告発したジャーナリストの伊藤詩織さんが、漫画家のはすみとしこ氏を含めた3人を、名誉を傷付けられたとして提訴している。「SNSOS」の賛同人には、伊藤詩織さんも名前を連ねている。
ということで、無法地帯だったSNSに、今、やっとルールが作られようとしている。だけどそれまでには、あまりにも多くの犠牲があったのも事実だ。
「日本から出ていけ」と執拗に書き込まれ、悪意に満ちた中傷に晒されて、本当に日本から出て行かざるを得なくなった人を何人か知っている。最近では、検察庁法改正案に抗議の声を上げたきゃりーぱみゅぱみゅさんや小泉今日子さんといった女性著名人への嫌がらせの書き込みも目立つ。
一方、19年には、社会問題に対して積極的に発言している女性たち7人がある記者会見を開いている。7人はネットで中傷を受けるだけでなく、それぞれ17年頃から「注文していない下着を送り付けられる」などの被害を受けていた。通信販売の代金引換を悪用し、自宅や事務所に注文していないブラジャーや健康食品などが送り付けられていたのだという。注文ハガキはいずれも山口の消印のもの。性被害に関する発言をする太田啓子弁護士や、子連れで議場に入り、注目された熊本の緒方夕佳市議、「フェミニズム」についての著書が多い作家の北原みのりさんなどに送り付けられていた。彼女たちが記者会見を開いたことによって、送り付け被害はピタッと止んだという。
もともとこの国には、「物言う女は叩いていい」というような空気が濃厚にあった。それがさらに「若い女」だったりしたら、何をしてもいいとばかりに言葉でボコボコにするような風潮が放置されていた。しかし、それは集団リンチだ。
ある時期まで、私は「自分は物を書くという“力”を持っているわけだから、SNSで何を言われても書かれても“力の非対称性”がある限り、言い返してはいけないのではないか」と思い込んでいた。物書きとして、常に自らの「加害」の可能性ばかりを考えていたのだ。物書きではない多くの著名人もそうだと思う。自らの有名性が「力」を持っていると自覚しているからこそ、やり返してこなかった。
しかし、そのような時代はもうすぐ終わる。物書きだから、有名性を手にしているからと言って、集団リンチをされていい理由はどこにもない。そんな「当たり前」が取り戻せるまで、黙らないでいたいと思っている。
次回は8月5日(水)の予定です。