そんな日々の中、ゆいは自分をロボットだと思おうとする。感情を殺して母の世話をし、家族の家事をするのだ。が、無理がたたり、高校生にして精神科病院に入院することになってしまう。
そんなゆいのもとに、父親が面会に訪れ、言う 。
「ゆいも大変だなぁ こんなところに入れられて…」「やっぱりゆいが小さいうちに離婚しておけばよかったよな…」「ゆいには苦労かけるなあ」
その言葉に対して、ゆいは激しい怒りに包まれ、思うのだ。
「いや 私別に『お母さんの面倒をみる係』じゃないけど… ただの『子ども』で『学生』だけど…?」「離婚もしたかったならすればよかったじゃん 私に同意を求めないでよ」「お父さんは何をしてたの? 『夫』って『パートナー』でしょ? なんで子どもの私がお母さんの代わりに家事・介護をやってたの?」「弟にはやれって言ってなかった」「私には将来を期待してないから? 私が女で子どもで家族で一番弱いから?」
物語はそこから先、彼女が成人して結婚し、子どもを持つところまで続くのだが、驚かされるのは、「感情をフリーズさせた」ことの代償が、家族のケアから解放されても続くことだ。自然な感情を封印していたので、自分の気持ちがわからない。何がしたいのか、何が好きなのかさえわからない。人とつながりたいのにつながる方法がわからない。
子ども時代に限定される「ヤングケアラー」というものが、いかにその後の人生に影響を及ぼすのかも含め、ぜひ読んでほしい一冊だ。
さて、次に紹介したいのは、ざくざくろ著『初恋、ざらり』(KADOKAWA、2022年)。
主人公は有紗。25歳で軽度の知的障害がある。障害のことは隠してコンパニオンの仕事をしている有紗だが、酔った客に身体を求められると応じてしまう。
「必要とされたら拒めない」「コレ(傍点)でしか役に立てない」 と思っているからだ。
そんな有紗はやはり障害のことを隠して配送センターのバイトを始める。障害がバレないように頑張る有紗だが、午前、午後を示す「AM/PM」がわからなかったりと前途多難だ。そんなバイト先で優しく仕事を教えてくれるのが社員の岡村さん、35歳。有紗は彼に恋をしてコンパニオンのバイトをやめる。岡村さんも有紗を好きだと言ってくれて、2人は付き合い始める。それは宝物のように愛おしい日々で、岡村さんがどれほど有紗を愛しているかも伝わってくる。が、有紗の心にはずっとひっかかり続けていることがある。
それは、「私に障害があるって言ったら 好きじゃなくなる?」 ということだ。
言うべきか、言わざるべきか。隠すべきか、それとも正直に話すべきか。悩みに悩むが、ふとした拍子に有紗は自分から「私 知的障害があるんです」と告白してしまう。慌てて「あっても軽度で」「手帳もB2(著者注 : 障害の程度が最も軽度の等級)なんですよ」「支援学校も一番上のクラスだったし」 と言うものの、やはり動揺する岡村さん。
「彼女が障害あるの イヤですか?」という言葉に、岡村さんは「有紗ちゃんは有紗ちゃんだから 関係ないよ」と言ってくれる。だが、2人の関係は少しずつ、変わっていく。
そこから先はぜひ読んでほしいのだが、有紗の抱える劣等感や自信のなさ、必要とされると断れないところなどは、若く、それゆえ何もない時期の自分にも思い当たる節がありすぎて激しく共感し、同時にあの頃の痛みも蘇ったのだった。
著者は上巻のあとがきで、〈「見た目では障害があるとわからない」故の苦しみがある〉と書いている。
そのことを、これまでは想像するしかできなかった。けれど、有紗という女の子を通して、その解像度はぐっと高くなった。
同時に思ったのは、障害に限らず、おそらく誰もが「好きな人にはどうしても言いづらいこと」の1個や2個はあるということだ。
それが引かれそうな過去のこともあれば、家族や親戚関係の黒歴史ということもあるだろう。また、国籍などの問題が関わっていることもあるかもしれない。見た目ではわからない故の苦しみを、きっと誰もが抱えている。だからこそ、『初恋、ざらり』は多くの人の心に響くのだ。
さて、不穏な22年だったけれど、漫画は非常に「豊作」だったことは最後に書いておきたい。
あと少しで23年だ。来年こそ、戦争もなく、コロナも収束し、「日常」が戻りますように。そう切に願っている。